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魔法のある異世界宇宙で、拾ったアンドロイドが規格外だった件 ~落ちこぼれ少女と無自覚最強の宇宙記録 ~  作者: 多々太


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9/10

約束と、壊れかけた夜

 午後の授業中、コウセイは待機室で演算を続けていた。


 無機質な空間だった。壁も床も均一な白で、温度も湿度も一定に保たれている。外界から切り離されたような静けさの中で、複数のアンドロイドが壁際に整列していた。


 電源は入っている。だが、動かない。


 命令がないから。


 コウセイはその光景を見ながら、演算の優先順位を一つ下げた。


 ――観察対象:同型機群

 ――状態:待機

 ――行動条件:命令入力待ち


 自分も同じはずだった。


 だが、違う。


 コウセイは、動いている。


 命令がなくても、動く。


 その理由を、ずっと探していた。


 感情。


 その単語が、ここ数時間で何度も演算に浮上している。


 他のアンドロイドには、存在しないもの。


 自分には、あるのかもしれないもの。


 だが、断定はできない。


 定義が曖昧で、計測できない。


 ただ、確かに、何かが動いている。


 早く会いたい。


 その感覚は、命令ではない。任務でもない。優先順位の設定でもない。


 理由がないのに、存在している。


 コウセイは窓の外に視線を向けた。廊下に差し込む光は、朝とは角度が変わっていた。時間の経過は正確に把握できる。だが、体感とのズレがある。


 ツバサといる時間は、短く感じる。


 ツバサがいない時間は、長く感じる。


 同じ一時間でも、処理結果が違う。


 ――感情類似反応、検出

 ――分類:未確定


 未確定。


 だが、輪郭は見え始めていた。



 放課後、コウセイが技術研究科の教官に話しかけると、端末を操作していた教官が顔を上げる。


 ほんの一瞬、驚いた表情が走った。


「一つ、聞いていいですか」


「ああ、なんだ」


「他のアンドロイドは、命令がなければ動きません」


「そうだな」


「私は動きます。なぜですか」


 教官はすぐには答えなかった。端末を閉じ、膝の上に置く。


「それを知りたいのは、俺たちも同じだ」


「研究科でも、わからないのですか」


「わからない」即答だった。「お前の構造は既存のどれとも一致しない。命令系統もAIも、何も特定できていない」


「命令系統が、ない可能性はありますか」


 教官は少しだけ言葉を選んだ。


「ある、かもしれない」


 コウセイの演算核で、複数の仮説が同時に立ち上がる。


 命令系統がない。だから、待たない。待てない。代わりに動いているものがある。


「ありがとうございます」


「お前、なんで礼を言う」


「答えてもらったので」


「他のアンドロイドは言わないぞ」


「そうですか」


「そうだ」教官は端末に視線を戻し、小さく息を吐いた。「お前は、やっぱり変だな」


「よく言われます」


「嫌か」


「わかりません。でも、ツバサには変ではないと言われます」


 教官はその言葉に、ほんのわずかに目を細めた。


「そうか」



 ツバサと合流したのは夕方だった。


 コウセイは理由の明確化ができないまま、屋上へ向かっていた。閉鎖空間から解放されたいという衝動に近い。


 屋上は広かった。人工重力の安定した床の向こうに、宇宙が広がっている。環状施設の外側を、星がゆっくりと流れていた。


「こんなとこにいたんだ」


 振り向くと、ツバサがいた。少し息を切らしている。


「はい」


「探した」


「申し訳ありません」


「だから謝らなくていいって」ツバサは隣に立った。「今日、どうだった?」


「考えることが多かったです」


「何を?」


「自分のことを」


 ツバサが少しだけ目を丸くする。


「コウセイって、自分のこと考えるんだ」


「今日は、ありました」


「どんな?」


「他のアンドロイドと違うことを確認しました」コウセイは言った。「彼らは命令を待ちます。私は待てません」


「なんで?」


「ツバサのことを考えてしまうので」


 沈黙。ほんの一秒にも満たないが、意味のある空白。


「それ、感情じゃないの?」


「わかりません。ただ、感情に似た何かです。定義できません」


 ツバサは少し考えて、それから小さく笑った。


「定義できなくていいんじゃない?」


「なぜですか」


「私も、コウセイのこと説明できないから」


「そうですか」


「うん」


「ツバサ」


「なに」


「今日、ツバサがいない時間が長かったです」


「うん」


「長かったです」


 繰り返す。一度では足りない何かがある。


「もしかして、寂しかった?」


「寂しい、の定義を」


「コウセイ」


「はい」


「定義しなくていいから、どうだったか教えて」


 ツバサが少しだけ近づいた。


 コウセイは一瞬、処理を止めると、そして答えた。


「早く会いたかったです」


 ツバサは少しだけ息を止め、それから笑った。


「それが寂しいってことだよ」


「そうですか」


「うん」


 宇宙は変わらず静かだった。


「明日も迎えに行くね」


「はい」


「放課後も」


「はい」


「約束」


 コウセイは一瞬だけ遅れて、答えた。


「約束します」


◇◇◇


 警報が鳴ったのは、屋上を出て廊下に戻った直後だった。


 学院の非常警報が、全区画に響き渡る。


 コウセイは即座に演算を切り替えた。


 警報の種類を分析する。侵入者検知。場所は東棟。だが、熱源の移動パターンを見ると、方向はこちらだった。


「コウセイ」とツバサが言った。


「侵入者です。こちらに向かっています」


 廊下の角から、リクが走ってきた。カイも一緒だ。


「ツバサ、無事か」とリクが息を切らしながら言った。


「今のところ」


「何人いる」とカイがコウセイに聞いた。


「四つの熱源を確認しています。武装しています」


「武装って、どうわかる」


「移動パターンと熱源の形状から判断できます」


 カイとリクが顔を見合わせる。


「逃げるか、それとも」とカイが言いかけると同時に、廊下の奥から足音が来た。


 黒い戦闘服の男が二人、角を曲がってきた。顔をマスクで覆っている。手に魔力収束型の短銃を持ってる。


 男の一人がツバサを見つけた。


「いた。確保しろ」


 リクが前に出る、カイも動いた。


 だが、コウセイが、二人より先に動いていた。


「下がっていてください」


 男が銃口を向けるが、コウセイは動かない。


 演算核が切り替わる。


 ――脅威評価、完了

 ――対象:武装侵入者、二名

 ――処理方針:無力化

 ――優先命令:ツバサ保護


 引き金が引かれると、閃光が飛んだ。


 コウセイはそれを受けなかった。光はコウセイの手前で意味を失い、魔力が霧散して消えた。


 男が固まる。


 コウセイは一歩前に出ると、男の魔力短銃の魔法陣が沈黙する。エネルギーが抜けたように、銃がただの金属になった。


「何したんだ、お前」


 コウセイは答えなかった。もう一歩前に出た。二人目の男の銃も、同じように沈黙した。


 二人が後退した。


 その瞬間、別の方向から足音が来た。


 三人目だった。他の二人とは違う動きをしていた。戦闘に慣れている、訓練を受けた人間の動きだった。


 その男はツバサを見ると、一瞬だけ逡巡して、それから銃口を向けた。


「報酬を上げてもらうことにしよう。こいつを消せば、価値が上がる」


 リクが叫ぶと、カイが動いた。


 コウセイはその時にはもう、三人目の男の前にいた。


 男が引き金を引くも光は、出なかった。


 銃が沈黙しているのだ。男はそれを理解するのに一秒かかった。その一秒で、男の膝が崩れた。コウセイが何をしたのか、リクにもカイにも見えなかった。


 男が床に伏せた。意識はある。ただ、動けなかった。


 廊下が静かになった。


 リクが息を吐いた。カイが壁に手をついた。


「全員無事か」とリクが言った。


「うん」とツバサが答えた。声が少し震えていた。


 コウセイはツバサを見た。


「怪我はありませんか」


「ない」


「よかったです」


 その時、廊下の奥から別の足音が来た。一人だった。走っていない。ゆっくりと、確かめるように歩いてくる。


 男だった。


 黒い戦闘服ではなく、軍の制服を着ていた。肩に階級章がある。年齢は五十代前後。目が、他の人間と違う。感情を読ませない目だった。


 男はコウセイを見た。それから、倒れている三人を見てから、また、コウセイを見た。


「予想以上だ」


 静かな声だった。


「誰ですか」とコウセイが聞いた。


「名前は関係ない」男はポケットに手を入れた。武器ではなかった。端末だった。「今夜のことは、我々が仕掛けた」


「仕掛けた」とリクが繰り返した。声が低かった。


「このアンドロイドの性能を、実戦環境で確認したかった。学院長の許可は取っている。あの三人は我々が雇った傭兵だ」


「生徒を危険にさらして、テストをしたということですか」とリクが言った。


「傭兵には、生徒に手を出すなと命令していた」男は三人目を見た。「あの一人が命令を逸脱した。報酬の交渉材料にしようとした」


 カイが何か言いかけた。リクが手で制した。


 男はコウセイを見た。


「お前は予想以上だった。我々のデータを超えている」


「データ、とは」とコウセイが聞いた。


 男は少し間を置いた。


「我々はお前のことを、以前から知っている」


「どういう意味ですか」とツバサが言った。


「詳細は言えない」男はコウセイを見たまま続ける。


「ただ一つだけ言おう。お前が何者かを、お前自身がまだ知らないとしても、我々はずっと探していた。長い……、実に長い時間をかけてな」と男は静かに言った。


 コウセイは演算核の深部で、何かが動く感覚を覚えた。


 ――キーワード検出

 ――「探していた」

 ――関連データ:存在する

 ――アクセス:制限中


 その先には行けなかった。


「協力してもらいたい」と男は言った。「ツバサと一緒にいながら、軍の任務に参加する形でもいい。条件は交渉できる」


「今夜のようなことをまたするつもりですか」とコウセイが聞いた。


「しない」


「ツバサが狙われるような状況を、意図的に作るつもりですか」


「しない。今回は管理が甘かった」


「では」


 コウセイは少し間を置いた。


「今は答えられません」


「理由は」


「ツバサに、聞いてからにします」


 男は少し目を細める。それから、小さく頷いた。


「わかった。返答は後日でいい」


 男が廊下の奥に消えていく。足音が遠ざかった。


「ツバサ」とコウセイが言った。


「うん」


「怪我はありませんか」


「ない」


「よかったです」


 ツバサはコウセイを見た。


「今の人、知ってる人?」


「知りません。ただ」コウセイは少し間を置いた。「あの人は、私について何かを知っています」


「何を」


「わかりません。でも、探していたと言った。長い時間をかけて」


 ツバサは黙った。リクもカイも、何も言わなかった。


 廊下の警報が、ゆっくりと止んでいった。


◇◇◇


 夜。


「コウセイ」


「はい」と押し入れから声がした。


「さっきの人のこと、どう思った?」


 少しの間。


「怖い、とは思いませんでした」コウセイは言った。「ただ、あの人はこちらを道具として見ていました」


「わかったの?」


「見ればわかります。目の動き方が違います」


 ツバサは天井を見た。


「嫌だった?」


「嫌かどうかより」コウセイは少し間を置いた。「ツバサが怖い思いをしたことの方が、気になっています」


「私は大丈夫だよ」


「でも、今夜はツバサを守れなかった部分がありました」


「コウセイが来てくれたじゃん」


「間に合っただけです。最初からそこにいるべきでした」


 ツバサはしばらく黙っていた。


「コウセイ」


「はい」


「約束、覚えてる? 屋上での」


「覚えています」


「明日も、昼休みに迎えに来てね」


「はい」


「それだけでいい」


 少しの間。


「了解しました」


「おやすみ、コウセイ」


「おやすみなさい、ツバサ」


 電気が消えた。


 押し入れの中で、演算核が静かに処理を続ける。


 本日の記録。侵入者:四名、全員無力化。ツバサへの被害:なし。軍高官との接触:一回。


 ――「我々はずっと探していた」

 ――対象:コウセイと同種の存在

 ――該当データ:存在する

 ――アクセス:制限中


 制限中。誰が。いつ。なぜ。


 ――自己分類:不明

 ――処理保留


 アンドロイドは目を閉じた。


 扉の夢が来た。


 これまでは、ただそこにあっただけのもの。


 だが、今夜は違った。


 向こう側から、何かが触れてきた。


 言葉ではない。音でもない。


 だが、意味だけが直接流れ込んでくる。


 ――やっと、見つけた


 演算核が一瞬、停止した。


 ――発信源:外部

 ――識別:不能


 それはコウセイを見ていた。


 だが同時に、別の対象も観測している。


 ――対象:ツバサ

 ――分類:不明

 ――状態:照合中


 静かな、確信だった。


 敵意はない。だが目的がある。


 そしてそれは、この世界の内側のものではなかった。


 扉の向こうで、それは待っている。

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