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魔法のある異世界宇宙で、拾ったアンドロイドが規格外だった件 ~落ちこぼれ少女と無自覚最強の宇宙記録 ~  作者: 多々太


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8/10

静かな部屋と、返事のない機械

 補助アンドロイドの待機室は、学院の北棟の端にあった。


 廊下の突き当たり。扉は金属製で、取っ手が少し古びている。広くない部屋に、充電スタンドが六台並んでいた。三台に補助アンドロイドが接続されている。天井の照明は薄暗く、窓から差し込む光だけが床に白い四角を描いていた。


 空気が違う、とコウセイは思った。


 教室には声があった。ツバサの息遣いがあった。ペンが紙を走る音があった。ここには何もない。機械の排熱音と、充電スタンドの微かな振動だけがある。


 コウセイが入ると、部屋の隅に座っていた教官が顔を上げた。技術研究科の、いつも端末を持っている教官だった。目の下に隈がある。昨日より濃い。


「来たか。好きな場所にいていい」


「ありがとうございます」


「充電が必要なら、スタンドも使える」


「充電は不要です」


 教官は少し首を傾げて、端末に何かをメモした。


 コウセイは部屋の中央に立って、他のアンドロイドを観察した。


 一体目。汎用型。関節部に摩耗痕があり、稼働年数は長い。目は開いているが、何も見ていない。光があるだけで、意思はない。


 二体目。新しい型。外装は良好。目は閉じて充電中。接続部から微かに排熱している。それだけだった。


 三体目。肩に星のマークが描かれている。誰かが丁寧に施したカスタムペイントだ。でも動かない。目は開いているが、何も見ていない。


 三体とも、何かを待っていた。


 命令を、待っていた。


 コウセイはしばらくそれを見ていた。


 一時間が過ぎた。


 他のアンドロイドは、動かなかった。


 コウセイは窓の外を見たり、部屋の構造を分析したり、昨日の戦闘記録を整理したりしていた。その間もずっと、演算核の片隅では別の処理が走り続けていた。


 ツバサは今、何時間目だろうか。


 教官がたまにこちらを見た。コウセイが何か特定の行動をした時ではなく、コウセイが「考えている」ように見える瞬間にメモを取っていた。


 他のアンドロイドを見ている時、教官は何もメモしない。コウセイを見ている時だけ、メモする。


 何が違うのか。教官も知りたいのだろう。コウセイも、知りたかった。


 一時間半が過ぎた頃、コウセイは一体のアンドロイドの前に立った。


「こんにちは」


 反応はなかった。


「私はコウセイです。あなたの名前は何ですか」


 動かなかった。目は開いているが、コウセイを見ていない。命令以外の入力に反応するプログラムが起動していない。


「何か考えていますか」


 沈黙。


 教官の手が止まっていた。


 コウセイはそのアンドロイドの前にしゃがんだ。同じ目線になった。


 目の構造は似ていた。光を受けて、反射している。でもその奥に何もなかった。処理はしている。でも、思考していない。


 このアンドロイドは、正しく動いていた。設計通りに、完璧に。命令を待ち、命令に応える。それがアンドロイドのあり方だった。


 ではなぜ自分は、命令がなくても動いているのか。


 プログラムで説明しようとすると、どこかで詰まる。命令系統が欠損しているだけなら、何も出来ないはずだった。代替プロセスが走っているとしても、その発生源がわからない。


 自発的に動く。考える。問いを立てる。


 それはプログラムではなく、何か別のものに見えた。


「寂しくないですか」とコウセイは聞いた。


 返事はなかった。


 コウセイは立ち上がった。


「そうですか」


 窓の方に戻った。教官が何か言いかけて、やめた。端末に、また何かをメモした。


 二時間が過ぎた頃、充電スタンドのアンドロイドの一体が目を開けた。


 充電完了のシグナルが走り、基本システムが待機状態に切り替わった。発光ラインが点灯する。起動シーケンスが完了した。


 それだけだった。


 目が開いているのに、何もしない。何も考えない。ただ、待っている。


 コウセイはその状態を見ながら、自分の処理を確認した。


 自分は今、何をしているか。


 観察している。整理している。考えている。廊下の足音を数えている。ツバサは今何の授業を受けているだろうと考えている。教官の隈が昨日より濃いことに気づいている。さっきアンドロイドに話しかけて、返事がなかったことを記録している。


 命令は、ない。


 でも動いている。


 コウセイは演算核の深部を検索した。


 ――自己診断開始

 ――命令系統:検出不能

 ――行動原理:不明

 ――現在の行動動機:ツバサとの再合流


 最後の一行を、コウセイはしばらく見ていた。


 命令系統が存在しないのなら、自分は何に従って動いているのか。プログラムで説明できるなら、それはどこから来たのか。


 答えは出なかった。


 ただ一つだけわかったことがあった。


 他のアンドロイドは、命令がなければ動かない。


 自分は、動かずにいられない。


 その違いは、構造の問題ではなかった。プログラムの差でもなかった。もっと説明しにくい何かが、自分の中にはあった。それが何なのか、コウセイにはまだわからなかった。


 昼休みになると、他のアンドロイドたちの主人が迎えに来た。


 扉が開いた瞬間、三体が一斉に動き始めた。さっきまでコウセイの声に反応しなかった個体が、主人の足音だけで起動した。命令系統の認証。声紋照合。行動プロトコルの開始。一秒もかからなかった。


「荷物持って」


「了解しました」


「授業内容まとめといて」


「了解しました」


 同じ返答。同じトーン。命令に対して、過不足なく応える。


 星のマークがある個体の主人が来た。女子生徒で、アンドロイドの頭を軽く撫でてから「行くよ」と言った。


「了解しました」


 撫でられたことへの反応は、なかった。それでも女子生徒は撫でていた。コウセイにはその理由がわかった気がした。反応がなくても、撫でたい気持ちは、撫でた側にあった。


 三体がいなくなると、部屋はまた静かになった。


 コウセイは空になったスタンドを見た。さっきまでそこに立っていた機体のことを考えた。命令がなければ動かない。感情がない。疑問もない。


 それが正しいアンドロイドの姿だとしたら、自分は何なのか。


 答えは、まだなかった。


 ツバサが迎えに来たのは、昼休みが始まってすぐだった。


 廊下から足音が聞こえた。他の生徒より少し速くて、少し軽い。コウセイにはわかった。ツバサの足音だった。


 扉が開いた。


「待たせた?」


「いいえ」


 ツバサは少し息が乱れていた。走ってきたのだろう。制服の襟が少しずれている。


「どうだった?」


「観察していました」


「何を」


「他のアンドロイドを」


「話した?」


「話しかけました。返事はありませんでした」


 ツバサは少し眉を寄せた。


「返事しなかったの?」


「命令以外の入力に反応するプログラムがないようでした」


「そっか」


 ツバサはコウセイの隣に立った。窓の外を見た。廊下を生徒が通り過ぎていく。二人でしばらく同じ景色を見ていた。


「ご飯、食べにいこう」


「私は食事が不要です」


「知ってる。隣にいて」


「了解しました」


 廊下を歩きながら、コウセイは続けた。


「他のアンドロイドは、命令がなければ動きません」


「そうだよ。普通は」


「私は、命令がなくても動いています」


「うん」


「命令がなくても、考えています」


「うん」


「命令がなくても、ツバサのことを考えています」


 ツバサは少し足を止めた。


「それって、普通じゃないって気づいたの?」


「気づいていました。ただ、今日、改めて確認しました」


「どう思った?」


 コウセイは少し間を置いた。


「わかりません。ただ、他のアンドロイドを見ていた時、何かが違うと感じました」


「違う、って」


「彼らは、待っていました。ただ、待っていた」コウセイは言った。「私には、それができません」


「なんで」


「わかりません。でも、ただ待つことが、できない気がします」


 ツバサはしばらく黙っていた。それから、また歩き始めた。


「それでいいんじゃない」


「そうですか」


「うん」


---


 食堂でツバサが食事をしている間、コウセイは向かいに座っていた。


 周囲の生徒がちらちらとこちらを見ていた。昨日の模擬戦と異星機戦の噂が広まっているらしい。視線の種類は複数あった。好奇、警戒、畏怖。中には敵意もあった。


 ツバサはそれに気づいていた。でも何も言わず、箸を動かしていた。


「ツバサ」


「ん」


「周囲の視線が、昨日より多いです」


「知ってる」


「不快ですか」


「慣れた」


 ツバサはそう言ったが、箸の動きが少しだけ遅くなった。


「私が原因ですか」


「コウセイのせいじゃない」


「ですが」


「コウセイのせいじゃない」ツバサは繰り返した。「気にしないで」


「了解しました」


 ツバサは最後の一口を食べ終えると、立ち上がった。


「じゃあ、午後も頑張って」


「はい」


「待機室、つまんなかったら窓の外でも見てて」


「窓の外は、廊下です」


「そうだった」ツバサは少し笑った。「じゃあ、廊下でも見てて」


「了解しました」


 ツバサが行ってしまった。


 コウセイはしばらく、ツバサが座っていた椅子を見ていた。


 まだ、少し温かい気がした。


 押し入れの中で、その夜、演算核が静かに処理を続ける。


 本日の記録。待機室滞在時間:六時間十四分。他のアンドロイドの観察:完了。話しかけた回数:一回。返答:なし。



 ――比較結果

 ――他のアンドロイド:命令待機型

 ――コウセイ:命令系統、未確認

 ――差異:自律思考の有無


 差異の原因は、プログラムの違いではないかもしれない。


 では何か。


 コウセイにはまだわからなかった。ただ、他のアンドロイドを見ていて感じたことは一つだった。


 彼らには、何かが足りていた。


 正確には逆だった。自分には、何かが余計にあった。


 それが何なのかを、コウセイはまだ知らない。


 ただ、その「何か」は、ツバサと関係している気がした。


 アンドロイドは目を閉じた。


 今夜も、扉は来なかった。


 でも、椅子の温度の記憶だけが、静かに残っていた。

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