第五話 決めるのは、僕
「掃除終わりー!もう帰って良いぞー!」
放課後。
担任の声かけを合図に、みんなが片付けを始める。
「霧島さん、掃除終わりだって。
化学準備室、一緒に行こう」
「……はい。白瀬くん」
三人並んで、化学準備室まで向かう。
霧島さんの様子がおかしい。
……僕、なんかしたかな?
「あの……さっきは、すみませんでした」
「え」
そのことを気にしていたのか。
「だいじょ――」
僕が言い終える前に、颯が割り込んできた。
「おうおう。ほんとにな!気ぃつけろ!」
「……はぁ。颯、少し黙って」
「あーん?」
僕が睨むと、颯は舌打ちして黙り込んだ。
「霊と対峙したら冷静に……それが、家の教えなのに、私、全然できなくて……本当にごめんなさい!」
霧島さんが勢いよく頭を下げた。
「ちょ、顔上げて!
霧島さんは、僕のこと守ろうとしてくれてたんだよね?
その気持ちは、嬉しいし……ありがとう」
霧島さんが顔を上げる。
不安に満ちた表情。
「許してくれますか……?」
「……二度としねぇなら許す」
颯は、ぷいっと顔を背けた。
「……はい。二度と、しません」
その言葉に、僕は口元を緩めた。
「あの、よければ下の名前で呼んでも良いですか?
私のことも、奏でかまいません」
「もちろん!奏さん。これからよろしくね」
「こちらこそ。柊くん、颯くん」
「……おうよ」
颯はもうきっと、怒っていない。
化学準備室。
斎賀先生以外には、誰も見当たらなかった。
僕たちはパイプ椅子に腰掛ける。
「じゃあ――簡単に説明します」
先生だけが、立っていた。
「霊っていうのは、未練や恨みでこの世に残った存在で、
触れるかどうかは“霊力次第”です」
「霊力が強ければ、触れられる、ってことですか?」
「でも、先生。颯くんには触れません」
「颯くんにはね……“霊力が一切ない”んです」
「はぁ?」
颯が顔を顰めた。
「おそらく、霊力は本体の方にある。
だから今の颯くんは――半霊です」
「……颯が、半霊……」
「でもよ、俺、この姿になってから霊が見えるぞ。
霊力ゼロでも見えるんか?」
「そこがまた謎でしてねぇ……。
ですが、一つだけ確信があります」
「何だよ?」
「君たちの間には――
すでに、契約が成立しているということです。
……君たち昨日、共霊しましたよね?」
昨日と言えば……
――あれだ。
「は!?先生、見てたのかよ!!」
颯も気づいたらしい。
奏さんの表情が曇る。
「あれはねぇ、契約が結ばれていないと、できないことなんです」
「だから、その“契約”って何なんだよ?」
颯が腕を組んで尋ねた。
「霊は、人間と契約し――“守護霊”になります。
本来は双方の同意のもとで結ばれるものですが……
例外もあります」
「……例外?」
心臓が、ドクンと高鳴った。
「人間側の霊力が大きすぎる場合、契約を強制することができる」
嫌な予感がする。
「これはあくまで仮説ですが――交通事故で颯くんは、生と死の縁に立たされた。
肉体と魂が離れかけた瞬間、柊くんの“願い”が契約となって、颯くんをこの世に引き留めた」
「……願い」
「柊くん。あの時、何を思ったか……覚えていますか?」
「……僕は……」
思い出す。
「“いなくならないで”
――そう願ったのでは?」
その言葉が、僕の心臓を撃ち抜いた。
「……僕のせいで」
「あくまで、“仮説”です」
「じゃあよ、その契約っつーの破棄しちまえば、元に戻れるんじゃねぇの?」
「その可能性はあります。ただし――」
先生の声が、低くなる。
「颯くんの魂が、元の肉体に戻る保証はありません。
最悪、そのまま魂が消え、肉体は死に至る可能性も」
「……っ!」
颯が……消える?
「んだそれ、ふざけんなよ」
しばらくの沈黙。
破ったのは、斎賀先生だった。
「……契約は、人側の意思で破棄することができます」
静かながら、圧を感じる。
「柊くん。――決めるのは、君です」
投げかけられた問い。
僕の答えは、
決まっていた。
「颯が消える可能性があるなら、嫌です」
間を置かず、言い切った。
「そんな選択、僕はしません」
颯が消えるなんて、あり得ない。
「……柊」
らしくない目をして、颯は僕を見た。
斎賀先生は、安心したように息を吐く。
「それが最善だと思います。
では――今後、どうするか」
先生は目を細めた。
「一体何が起こったのか、真実を探るべきかと思います。
そのために、この世界の理解から始めましょう」
その時。
――ピンポンパンポーン。
『斎賀先生。至急、職員室までお戻り下さい』
校内放送が先生の名前を呼んだ。
「おっと、呼ばれてしまいましたね……」
斎賀先生は肩をすくめる。
「今日はここまで。また明日、続きを話しましょう。
あとの二人も、明日こそ連れてきます」
先生は、奏さんに視線を移した。
「奏さん。下校しながらで構いませんので、霊害についてだけ彼らに説明してあげてください。
……次、いつ遭遇するか分かりませんからね」
「承知しました」
奏さんの声は、落ち着いていた。
だけど、しっかりした声だった。
「帰りましょうか」
――その“次”は、すぐそこまで来ていた。
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※次回更新:1月8日7時
第六話 守りたい人が、増えた【前編】




