第三話 守るって、決めてた【前編】
***
Side:颯
柊は、昔から“変なもの”が見えるやつだった。
ガキの頃、怖がる柊を見て、俺はよく笑ってた。
「おばけがこわいとか、ダセェ」ってな。
だけど、俺も“そっち側”になってみてわかった。
柊が今まで見ていたものが、どんなに恐ろしくて気味の悪いものだったのかを。
初めて見た“人ならざるもの”。
黒い影。何十もの手。そこに張り付く顔。
「こんなん、こえーに決まってんじゃん…」
ガキの頃なら、なおさら、怖かったはずだ。
こんなバケモノを、柊はずっと見てきたんだ。
想像すると、何とも言えない気持ちになる。
そして今、俺の目の前で、そいつらが柊を引きずり込もうとしている。俺は必死に手を伸ばした。
すり抜ける。掴めない。触れられない。
「くっそ!」
無力だ。――俺は、何のためにここにいる?
腹の底から怒りと焦りが湧き上がった。
柊が俺に「逃げろ」と言い残して、消えようとしている。
このまま柊は死ぬのか?
母さんの言葉が脳裏に浮かんだ。
『あの子は優しいから、全部抱え込んじゃうの。
颯が、柊のこと、助けてくれたら嬉しい』
昔から柊は、怖がりで弱虫で、パッとしねぇやつだった。それでも、人一倍優しくて、いつも誰かのために動くやつだった。
自分は我慢して他人を優先する、他人の幸せが自分の幸せみたいな顔して笑う。俺は、それを見てイライラしてた。
――だけど、そんなお前が、眩しくて、憧れで……ずっと、大好きだった。
だから、
「諦めてんじゃねぇ!お前のこと、俺がずっと守るって約束しただろうが!!」
ここで終わらせるなんて、あり得ない。
俺は――あいつを守るために、ここにいる。
「だいたい、逃げろっつったってな、お前がいねぇと俺はどこにもいけねぇんだっつうの!クソ兄貴ぃ!!」
喉が裂けるほど叫んだ、その時。
黒い塊の中から、柊が俺を呼ぶ声がした。
はっきりと。強烈に。
「うお!?」
俺の身体が閃光みたいになって、凄まじい引力に引っ張られた。
俺の意識と身体は、黒い塊の中――柊のもとへ吸い込まれていった。
――知らない映像が頭の中に流れ込む。
葬儀場。白い花。棺桶の中で眠る母さん。
喪服姿でわんわん泣き叫ぶ少年――あれは、十二歳の俺。
「可哀想に……。綾さん、研究で山に行って、土砂崩れに遭ったんですって」
「土砂崩れを起こすような状態じゃなかったそうよ。変な話よね」
「行方不明者が続いてるあの山でしょ?呪いか何か?恐ろしいわね……」
喪服を着た婦人達がヒソヒソ話をしている。
俺が聞いたことのない会話だ。
これは、柊の記憶なのだろうか。
『母さんが死んだのは、きっと僕のせいだ』
十二歳の柊の声が、頭の中に響いてくる。
『僕が“変なもの”が見えるから、母さんに呪いがかかったんだ』
『僕と一緒にいたら、父さんも、颯も……いつか不幸になる』
『だから、……僕は離れなきゃ』
思い出した。
柊が俺を避けるようになったのは、この日からだ。
「そういうことかよ……」
映像が途切れ、意識が戻った。
全身に、懐かしい暖かさを感じる。
心臓が――二つ、脈動した。
俺たちは、もう、一人じゃなかった。
※次回更新:1月5日21時
第三話 守るって、決めてた【後編】




