第三百七十一話 声のする方へ
***
時は少し遡る——。
ガラガラガラッ!!
「うわああああっ!」
研究所の床が崩れた。
伊吹の身体が、真っ逆さまに落ちていく。
先に落ちた床の破片が、何かにぶつかる。
ドォンッ!!
一瞬、青白い霊力が弾けた。
だが、
次に視界に入ってきたのは、コンクリートの床。
——ぶつかる!
伊吹は咄嗟に、真下の床へ霊力を叩きつけた。
ドンッ!!
霊力の反動で、落下の勢いが弱まった。
「……っ、と!」
伊吹の足が、床に触れた。
「……あ、危なかったぁ……!」
ほっと胸を撫で下ろした、その時。
バサバサバサッ!!
「うわっ!?」
頭上から、リュックサックが落ちてきた。
開いた口から、次々と中身が飛び出す。
弁当箱。
菓子パン。
チョコレート。
スナック菓子。
炭酸飲料まで。
「ボクのエネルギーがぁ!」
伊吹は慌ててしゃがみ込んだ。
「……ああっ! チョコが……!」
床に散らばった食料を、一つひとつ拾い集める。
弁当箱を重ね、菓子パンをリュックに詰め直した。
「……よし!」
最後の一つを拾い上げた、その時。
ブン……。
ブン……。
「……ん?」
低い音が聞こえた。
……ブン。
……ブン。
——入り口のところで聞いた音と同じ。
しかも、大きい。
伊吹は顔を上げた。
「……なにこれ……!?」
伊吹は、巨大なタンクに囲まれていた。
タンクは乳白色で、中身は見えない。
だけど、その一つに穴が開いており、
そこから青白い霊力が漏れ出していた。
さっき、床の破片がぶつかったところだ。
「霊力のタンク……?」
タンクから伸びた太い管が、隣の装置へと繋がっている。
装置は低い音を立てながら、絶えず稼働していた。
「……霊力を……?」
伊吹は、ゆっくりと立ち上がった。
装置へ目を向ける。
そこからは、天井と床の下へ、それぞれ太い管が伸びていた。
「……下から上へ?」
伊吹は首を傾げた。
何のために?
ていうか、一体何から集めて——?
「……あっ!?」
——そういえば。
麗子ちゃんも、前に常夜に囚われていた時、
霊力を搾り取られていたって言ってたっけ。
ボクも以前常夜に関わっていたけれど、
詳しいことはわからない。
でも——。
「嫌な予感がする……!」
その時。
「伊吹さーん!!」
「……えっ!?」
聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると、上階へ続く階段から奏が駆け寄ってきた。
「奏ちゃん!?」
「良かった!無事だったんですね!」
「うん!何とか!助けに来てくれたの!?」
「はい!桃華さんに頼まれて!」
「ありがとう〜!って、上は!?」
先ほど一階で起きた出来事を思い出す。
白寧と、赤黒い虎と、蛇。
「狛くんたち大丈夫なの!?」
「私が来る時は、麗子さんも桃華さんも一緒に戦っていました!」
頭上の穴から、霊力のぶつかり合う音が聞こえた。
「戻ろう!助けに行かなきゃ……!」
その時。
「……待ってください」
奏が、ぴたりと足を止めた。
「どうしたの?」
「……声がします」
「声?」
「はい。誰かが……」
奏は耳を澄ませた。
低い機械音に混じって、微かな声が聞こえる。
『……たす……けて……』
「……っ!」
奏は、床の下へ伸びる太い管に目を向けた。
『……苦しい……』
『……助けて……』
声は、一つじゃない。
いくつもの苦しげな声が、重なっている。
「……この管の向こうから、声がします」
「下ってこと?」
伊吹は床へ視線を落とした。
「ボクには何も聞こえないけど……」
「私、耳が良いんです!」
奏は、もう一度耳を澄ませた。
『……もう……やめて……』
「……っ!」
奏の表情が強張った。
「誰かが、助けを求めています」
「……本当?」
「はい。それも、一人じゃありません」
伊吹は、もう一度タンクを見上げた。
床の下へと伸びる、太い管。
その先から、声が聞こえるという。
「……もしかして」
伊吹が呟いた。
「常夜に囚われた霊たち……?」
「わかりません。でも!」
奏が顔を上げた。
「確かめに行きましょう!」
——『暮羽さんのことはもちろんだけど。
あそこに囚われた霊や人たちのことも助けたい』
研究所へ入る前、自分が口にした言葉を思い出す。
「……うん!」
——狛くんたちのところへ戻りたい。
だけど、ここで引き返したら。
この声の主を、誰が助ける?
伊吹は拳を握り締めた。
周囲を見回す。
「……あそこ!」
奏が指差した先。
部屋の反対側に、さらに下へ続く階段があった。
その先には、真っ暗な闇が広がっていた。
「……ここからかな?」
「はい。声も、こっちから聞こえます」
奏が階段へ足を踏み出す。
伊吹も、リュックを背負い直した。
「……よし!」
——狛くん。
もう少しだけ、頑張って。
二人は、暗い階段を降り始めた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:11月5日21時
第三百七十二話 タイトル未定




