第三百六十八話 この世の色
***
同時刻、籠屋市内。
紫苑は病室のベッドにいた。
シャラン……。
つまみ上げたストラップ。
その先についた宝珠が音を立てた。
狛に貰ったものだ。
「……」
微かに揺れる宝珠を、左目で見つめる。
顔の右側は包帯で厚く覆われていた。
——あいつら今頃、常夜の研究所か。
心配していないと言ったら嘘になる。
それでも。
「ま、大丈夫でしょ⭐︎」
紫苑は寝返りをうった。
——あいつらだって、別に弱くない。
それに、そうでなくては困る。
「僕はもう守ってやれないし」
右目は見えない。
削られた霊力も、もう戻らない。
宝珠を握り締めた。
「……そうだ⭐︎」
——そういえば、あいつにも言い忘れてたな。
上体を起こす。
ベッド脇のテーブルへ手を伸ばし、スマホを取った。
「えーっと」
スマホの画面を素早くスワイプする。
「いたいた⭐︎」
電話帳の画面で相手の名前を見つけると、
通話ボタンをタップしてスマホを耳元へ当てた。
プルルルル——。
数回のコール音の後。
『……はい』
相手が電話に出た。
「はーい⭐︎お元気⭐︎?」
『……僕は、大きな怪我はしてないよ』
「でもバチクソ病んでるよね⭐︎」
『……』
白い部屋に沈黙が流れた。
『……怪我してるのは、君の方だよね?』
「まぁね⭐︎お父さんたちに聞いた〜⭐︎?」
『君が、禁式を使って守ってくれたって』
「別に⭐︎?お前のこと守ったわけじゃないよ⭐︎
お前のお父さんと、取引きしただけだから⭐︎」
『……どんな?』
「あ、そこまでは聞いてないんだ⭐︎」
紫苑は笑った。
「僕さ、お前に伝え忘れてたことあって⭐︎」
『……何?』
「お前のお父さんの守護霊」
『……っ』
電話の向こうで、通話相手の声が詰まった。
「僕が消しちゃったでしょ⭐︎?」
——“十哉”、とか言ってたっけ。
『……謝罪?』
「まさか⭐︎」
紫苑は指先に髪を絡ませた。
「お前に“伝えて”って言われたことがあって⭐︎」
『十哉さんが?』
紫苑は小さく息を吸った。
「“御影家の力になることが、私の望みでした”」
紫苑は文章を読み上げるみたいに話した。
「“だから、私が消えたことで、ご自分を責めないでください”」
『……』
「“あなたはもうひとりじゃありません”」
紫苑は目を伏せた。
「“立派な祓い師になってください”」
『……あ……』
「“あなたの成長を側で見守れて、私は幸せでした”
“ありがとう”
……だってさ」
紫苑は窓の外を見た。
うろこ雲に夕日が反射して、
空は焼けるように赤かった。
「で⭐︎?お前はもう柊たちんとこ行かないの⭐︎?」
『え?』
「お前の大好きな柊が、今頃常夜と戦ってるよ〜⭐︎」
『……僕は……』
「まあメンタルヘラってるやつが行っても足手まといになるだけか〜⭐︎」
夕日が傾く。
緋い空が、少しずつ夜の蒼に包まれていく。
『……君は、自分の力が怖いと思ったことはないの?』
「ないね⭐︎」
紫苑はきっぱりと答えた。
「僕は、お前と違うから⭐︎」
『……そっか……』
「でも、柊だってお前とは違う」
——あいつも、迷ってるはずだよ。
だけど、
あいつは必ず、答えを見つけ出す。
「暇なら見に行ったら⭐︎?
別に戦わなくても、何かあるんじゃないの⭐︎?」
その答えが、お前の答えになるかは知らないけど。
「ま、お前の好きにすれば⭐︎?
位置情報だけは送っといてあげる⭐︎」
『……何かあるって、何が——』
「じゃーね⭐︎」
篝が言い終わるより先に、
紫苑はスマホを耳元から下ろした。
*
奥崎市。
御影深雪の実家。
篝は、通話を終えたスマホを見つめていた。
窓の方を向く。
カーテンは昼間から開けっ放しだった。
「……ああ」
緋と蒼、そして藍色のグラデーションが、
空いっぱいに広がっていた。
わずか、数分のマジックアワー。
「綺麗だ」
僕が生まれたこの世界は、
こんなにも、美しい色に包まれていた。
——『この世で過ごす一瞬一瞬が大切です』
「……そうだね」
——十哉さん。
あなたは、成仏できなかった。
僕と御影家のために、この世に残り、
そして、僕を守るために消えてしまった。
なのに。
“幸せだ”と言ってくれた。
篝は目元を押さえた。
「灯、宵」
「「はい、篝様」」
「今から少し、出かけようと思う」
——怖くないわけじゃない。
それでも、もう一度。
僕は、祓い師を目指したい。
「ついて来てくれる?」
もう、ひとりじゃないから。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:11月2日21時
第三百六十九話 タイトル未定




