第三百五十八話 一人じゃないから
***
少し、時を遡る。
Side:狛
ドォォォン!!
建物の外から、轟音が響いた。
「……何だ?」
壁が、小さく揺れた。
柊たちか?
ここに白寧がいるということは、
まさか——。
「狛くん!!」
「……っ!」
伊吹の声で、我に返った。
ドゴォッ!!
白寧の拳が、俺の右腕に叩き込まれた。
「……ぐっ!」
重い。
だが、耐えられる。
「……何?」
白寧が眉をひそめた。
俺の身体には、伊吹から供給された霊力が流れている。
そして——。
ドクン!!
胸の奥で、黒狼が唸った。
この力なら、いける。
「伊吹!」
「うん!!」
ブワァァァッ!!
背後から、新たな霊力が流れ込んだ。
「まだまだいけるよ〜!」
「……ああ!」
白寧の拳を、左腕で押し返す。
そのまま踏み込んだ。
「はぁっ!!」
ドゴッ!!
右拳が、白寧の腹部を捉えた。
「……っ!!」
白寧の身体が浮く。
ザザッ!!
後方へ滑りながら、白寧が着地した。
「……お前」
金色ではない。
白虎と共霊していた時とは違う瞳。
その奥には、あの頃よりもずっと禍々しい霊力が宿っていた。
——強くなっている。
「やっぱり、強いナ」
「……お前もな」
だが、俺も第三研究所の時とは違う。
あの時、お前に肩を抉られなければ、
紫苑は二度目の禁式を使わずに済んだ。
そうすれば、昨夜だって——。
拳を構え直した。
「俺はお前には負けない」
もう二度と、お前にやられない。
「自信満々ダナ」
「ああ。今、俺は一人じゃないからな」
伊吹もいる。
桃華もいる。
『アオーン!』
俺の中で、黒狼が吠えた。
——俺たちは、四人だ。
「……ふん」
白寧が鼻を鳴らした。
「仲間が多けレバ、強いとデモ思っているノカ?」
「少なくとも、一人で戦うよりはな」
「……くだらナイ」
白寧が踏み込んだ。
速い。
だが——見える。
右拳。
次は——。
左の蹴り!
ヒュッ!!
上体を反らしてかわす。
そのまま、懐へ潜り込んだ。
拳を纏う霊力が旋回する。
黒狼が、俺の拳に喰らいつく。
「——黒狼牙!」
ドォンッ!!
「……ぐっ!!」
白寧の身体が吹き飛んだ。
ガシャァン!!
背後の棚が砕け散る。
「……っ、はぁ……!」
息を吐いた。
押せている。
伊吹の霊力供給のおかげで、いつも以上の力を出せる。
だが。
「……まだダ」
白寧が立ち上がった。
口元の血を、手の甲で拭う。
「この程度で、俺を倒せると思うナ……!」
赤い霊力が、白寧の身体を包んだ。
ドクン!!
「……っ!」
空気が変わる。
白寧が、床を蹴った。
バキィッ!!
咄嗟に腕を交差させる。
「……ぐっ!!」
防御した腕が軋んだ。
そのまま、二発目。
ドゴッ!!
「……っ!」
腹部へ衝撃が走る。
足元が滑った。
まずい。
このまま押し切られる——。
「東雲狛!!」
桃華の声が響いた。
キラッ!!
視界の端で、小さな光が煌めいた。
——宝石?
白寧の背後へ、いくつもの宝石が飛んでいく。
「……何ダ?」
白寧が振り返った。
「前だけ見てるからよ」
桃華が、コンパクトを掲げていた。
その中から、さらに宝石が浮かび上がる。
「星の雨」
無数の宝石が、白寧へ降り注いだ。
「……っ!?」
バチバチバチィッ!!
宝石が、白寧の身体を包む赤い霊力に衝突する。
「……ぐっ!!」
白寧が腕で顔を覆った。
霊力の光が、弾け飛ぶ。
「桃華をただの回復役だと思わないでちょうだい」
「狛くん!今だよ!!」
「……ああ!!」
踏み込んだ。
白寧がこちらを向く。
俺の拳に、黒狼の牙が宿る。
霊力を高速で回転させる。
「黒狼牙——」
あの時と、同じ技。
だが、今は違う。
「穿廻!!」
ドォォォンッ!!
「……がっ!!」
拳が、白寧の胸元を捉えた。
白寧の身体が床へ叩きつけられる。
バキバキッ!!
床に、亀裂が走った。
「……っ、はぁ……!」
拳を引く。
白寧は、しばらく動かなかった。
「……やった!?」
背後から伊吹の声がした。
「いや……」
まだだ。
白寧から、霊力が消えていない。
——その時。
ブワァッ!!
「……っ!?」
白寧の身体から、赤黒い霊力が吹き出した。
肩から、背中から。
次々と溢れ出してくる。
「……何だ?」
その霊力は、白寧の身体から離れないまま、背後で大きく膨れ上がった。
『……あ……あぁ……』
「……っ!?」
声……?
低く、掠れた呻き声が聞こえた。
白寧のものじゃない。
赤黒い霊力の中から聞こえてくる。
やがて、輪郭が形を成していく。
四本の脚。
長い尾。
そして、鋭い牙。
「……っ!」
虎……!?
違う。
あの白虎じゃない。
全身が赤黒く、輪郭が絶えず揺らいでいる。
虎の下半身は、白寧の背中から伸びる赤黒い霊力と繋がっていた。
まるで、白寧の身体から虎が生えているようだった。
俺は、拳を握り直した。
「お前、それは……!」
「俺ノ中にいる奴ダ」
「中にいる……!?」
白寧が、ゆっくりと立ち上がった。
背後の赤黒い虎が、大きく口を開く。
「……邪魔者」
白寧が、伊吹へ視線を向けた。
「まずは、一人目」
「……っ、伊吹!!」
——狙いは伊吹か!
俺が前へ出ようとした、その瞬間。
「っ!?」
虎が、俺に飛びかかってきた。
——速い!!
咄嗟に左腕で受け止める。
ガキィンッ!
「ぐっ……!!」
牙が、腕を覆う霊力に食い込んだ。
重い。
まるで、本物の虎に噛みつかれているようだった。
「……何なんだ、一体……!」
白寧が、床を蹴った。
「……っ!」
まずい!
バキッ!!
右膝を突き上げ、虎の腹へ叩き込んだ。
虎の頭が、左腕から離れる。
だが——。
ズズズズッ!!
「……!?」
白寧の背中から、新たな霊力が溢れ出した。
『……あ……ああぁ……』
「……っ!?」
また、呻き声……!?
さっきとは、別の声だ。
——まだ、いるのか!?
赤黒い霊力が、虎とは別の形を成していく。
長く、うねる胴体。
鎌首をもたげた、その先には——。
「……蛇!?」
シュッ!!
巨大な赤黒い蛇が、俺の左腕に巻きついた。
「……っ、くそ!!」
振りほどこうとする。だが、離れない。
——虎だけじゃないのか!?
白寧の身体から、虎と蛇が伸びている。
この禍々しい霊力。
まさか、こいつらは——。
「霊害……!?」
「狛くん!!」
白寧は、もう伊吹の目の前にいた。
「伊吹!避けろ!!」
「うわぁっ!!」
伊吹が咄嗟に横へ飛ぶ。
しかし、白寧は追わなかった。
拳を振り下ろした先は、伊吹が立っていた場所。
ドゴォォォンッ!!
床一面に、亀裂が走った。
ピシッ……!
ガラガラガラッ!!
弁当箱が舞う。
「うわあああっ!!」
床が崩れ落ちる。
「春日伊吹!!」
桃華が叫んだ。
「くっ!!」
拘束された腕へ、霊力を集中させた。
ドクン!!
黒狼が吠える。
「……はぁっ!!」
バチィッ!!
巻きついていた蛇が離れる。
振り返る。
もう、間に合わない……!
「伊吹ーー!!」
ドォォン!!
地下から、衝撃音が響いた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:10月25日15時
第三百五十九話 間に合った




