第三百五十三話 全部、ちょうだい
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Side:柊
「……こっちだね」
狛さんたちを見送り、僕たちは研究所の裏口へ向かっていた。
左手には研究所の外壁。
右手には、敷地を囲む金網。
伸び放題になった雑草を踏みつけながら進んだ。
「人の気配がないわねェ」
麗子さんが辺りを見渡した。
「でも、霊力を感じます」
奏さんが建物を見上げる。
「……うん」
この建物の中から、いくつもの異なる霊力を感じる。
強いものも、弱いものも。
一体、中に何があるのだろうか。
僕たちは壁沿いに進み、建物の裏まで来た。
角を曲がると——。
『あれじゃね?』
灰色の鉄扉が見えた。
扉の横には、カードキーの読み取り機。
その上に、小さな監視カメラ。
「……裏口だ」
「どうします?鍵がかかってると思いますけど」
「監視カメラも動いてるわよねェ」
カメラのレンズの脇で、赤いランプが点灯していた。
「とりあえず、この辺りで……」
カメラの死角になりそうな、壁際へ移動した。
「少し待とう」
奏さんが腕時計へ視線を落とす。
「そうですね。
狛さんたち、ついさっき侵入したばかりですから」
『時間差でっつってたよな?』
「うん」
今すぐ入ってしまったら、正面から注意を引いてくれている意味がなくなる。
『つか奏。三味線は?』
そう言えば、
今日は奏さん、三味線ケースをかけてない。
「今、改良中なんです」
「……改良?」
僕は奏さんを見た。
「はい。なので、代わりのものを持ってきています」
『へぇ、何持ってきたんだよ?』
「後で見せますよ」
『出し惜しみすんなよ〜。気になるだろ!』
麗子さんが研究所を見上げた。
「狛たち、大丈夫かしらねェ」
「……多分」
“心配じゃない”と言ったら、嘘になる。
もし、本当にミラがいたら。
狛さんも伊吹さんも強い。
桃華さんだっている。
だけど、ミラは——。
『おい柊』
「……ん?」
『信じようぜ』
——颯。
「……そうだね」
僕たちは、先輩たちが戦うと決めたことを信じた。
だから、今は自分たちの役割を果たさなきゃ。
狛さんたちが敵を足止めしてくれている間に、暮羽さんを探す。
暮羽さんの他にも、あそこに囚われている人や霊がいるなら救いたい。
僕は祈るように両手の指を組んだ。
——その時。
ドンッ!!
衝撃音が耳をつんざいた。
「今の……!?」
「戦闘が始まったのかもしれません……!」
奏さんが扉に目を向けた。
「行きましょう!」
「うん!」
僕は扉へ駆け寄った。
ピキ……!
「え?」
地面に細い亀裂が走った。
次の瞬間。
バキバキバキッ!!
「……え!?」
緑色の蔦が、一斉に地面を突き破った。
「……あっ!」
——足元を絡め取られる!
『柊!霊力固めろ!!』
「……っ!」
咄嗟に、身体の表面に霊力を集中させた。
硬く……!
バキッ!!
僕の足元を締め付けようとした蔦が弾かれた。
間に合った。
棘も刺さっていない。
だけど——。
「きゃあ!」
「奏さん!?」
奏さんの方を向く。
「しまった……!」
奏さんの足首に、蔦が巻きついていた。
「……っ、ああ!!」
無数の棘が突き出す。
棘が、皮膚に食い込んでいる……!
「奏!!」
麗子さんが奏さんに向かって駆け出した。
しかし——
シュルシュルシュルッ!!
上空から、蔦が伸びた。
「!?」
麗子さんの腕に蔦が絡みつく。
「……ふんっ!」
麗子さんが霊力を硬化させるより先に、
プツッ。
「くっ!」
棘が、麗子さんの腕に食い込んでいた。
「……あ……何よ……これェ……!!」
麗子さんの声が震える。
「……はぁ……はぁ……」
奏さんも苦しそうに息を吐いている。
「これって……!!」
蔦と棘。
この霊力。
僕たちは知ってる。
『毒だ!!』
僕はゆっくりと顔を上げた。
麗子さんへ蔦が伸びてきた先。
研究所の屋上に人影が見えた。
「……白瀬柊」
ドクン!
僕を、見ている。
瞬間、屋上から影が消えた。
「どうじゃ?わしの毒は」
「!?」
振り返る。
金網の前に立つ、花魁姿の女。
金の簪が夕陽を反射した。
「お主には弾かれてしまったようじゃな」
——ミラ。
「まあ、それくらいでやられるようでは面白くないからのう」
ミラは歪んだ笑みを浮かべた。
その背後で、無数の蔦が揺らめく。
「……あっ……」
奏さんの膝が折れかける。
ミラは奏さんと、腕を押さえる麗子さんへ視線を向けた。
「そこの二人は時間の問題じゃな」
まずい。
桃華さんは、建物の中にいる。
ここには、毒を解ける人がいない。
『どうすんだよ……!』
「……っ柊くん!」
奏さんが声を絞り出して叫んだ。
「この毒は……霊力にしか作用しません……!
私は……霊力が尽きても、消えません……!」
「奏さん……!」
「でも……麗子さんは……消えてしまいます……っ!」
奏さんが震える手をポケットに入れた。
「私が……桃華さんを呼んできます……!」
取り出したのは、小刀だった。
ズバッ!
小刀に霊力を流し、奏さんは足元に絡みつく蔦を切り裂いた。
「……備えておいて……はぁ……よかったです……」
ミラが首を傾げる。
「そんな身体ではロクに動けんじゃろう?」
「……それはどうかしらァ?」
麗子さんは腕を振り上げると——
ブチィッ!!
ミラの蔦を引き千切った。
「アタシを、舐めてもらっちゃ困るわねェ……!」
麗子さんのこめかみに青筋が浮かぶ。
「奏!!」
「……っ、はい!」
「霊力、全部アタシにちょうだい!
毒で削られる前に!!」
「なるほど……!わかりました!!」
『おい!んなことしたら、奏が戦えなくなるだろ!』
颯が叫ぶ。
だけど奏さんは躊躇わずに両手を伸ばした。
「麗子さん!頼みます!!」
ブワァァァ!!
奏さんの指先から麗子さんへ、一直線に霊力が注がれていく。
——こんな量を、一度に!?
ぽたっ……。
奏さんの鼻から血が落ちた。
奏さんの身体から霊力の気配が消え、
代わりに麗子さんの霊力が一気に膨れ上がる。
麗子さんが拳を振り上げた。
「行くわよォ……!」
ドォォォン!!
裏口の鉄扉を拳で叩き割った。
「アタシが必ず、桃華を呼んでくるわ」
ガシッ!
麗子さんが奏さんを片手で抱え上げた。
「奏も連れていくわ!
だからアンタたちは、その女をお願い!」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:10月20日21時
第三百五十四話 まだ、届かない




