第三百四十五話 来るなら来る
篝くんの部屋の扉を開くと、深雪さんが立っていた。
「……深雪さん」
——いつから?
「……っ、ごめんなさい」
深雪さんは慌てて目元を拭った。
多分、
ついさっきここに来たわけじゃないんだろう。
「……いえ」
僕はそっと、部屋のドアを閉めた。
篝くんから深雪さんが見えないように。
「帰るの?」
「はい。お邪魔しました」
小さく頭を下げる。
ヴヴ!
スマホのバイブ音。
多分、光流くんから桃華さんの家の位置情報が送られてきている。
「ちょっと、急用で……」
僕はポケットへ手を入れた。
「狭霧さん、もうすぐ帰ってくるけれど……」
「……あ」
共霊のこと、聞きたかったんだ。
でも。
「今日は帰ります」
『いいのかよ?』
「うん」
何となく、わかった気がしたから。
——僕と颯の共霊が解けない理由。
……それが全てではないと思うけれど。
「柊くん」
深雪さんの目は充血していた。
「まだ、あなたに話してないことがたくさんあるの」
「……はい」
「これから先、私たちはどれだけあなたの力になれるかわからないわ」
「……」
「場合によっては、戦うことになるのかもしれない」
『久世家に従うからか?』
「ええ。だけど忘れないで」
深雪さんの手が僕の肩に触れる。
「御影は、御影のままよ」
——冷たい。
彼と同じ温度だ。
「私たちは、綾ちゃんと同じ考えだから」
「……母さんと?」
ヴヴ!
また、スマホが震えた。
「仲間が待ってるのよね」
「……すみません」
「いいの。行って」
「はい」
階段を降りる途中、
僕は振り返って深雪さんを見た。
「深雪さん。また、会いましょう」
その時は、もっと母さんの話を聞きたい。
僕には、
まだ知らなくちゃいけないことがたくさんある。
*
午後四時。籠屋市。
僕たちは、高級住宅街にある桃華さんの家へ着いた。
黒い門が音もなく開く。
「……すご」
最寄り駅に迎えが来てくれたおかげで、僕たちはスッと門を潜ることができた。
でなければ、インターホンを押すことすら躊躇してしまっただろう。
青灰色の傾斜した屋根。
大きな窓に、黒い柵のバルコニー。
白い壁には細やかな模様が入っている。
御影本家も、霧島本家も豪邸だったけれど、
桃華さんの家は何というか……映画に出てくる外国の城みたいだった。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
車から降りる。
執事らしき男性の後ろについて玄関へ向かった。
「こちらでございます」
通されたリビングを見回して、思わず息を呑んだ。
「……広」
白を基調にした部屋。
窓から午後の光が差し込み、淡い色のソファやガラスのテーブルを照らしている。
天井も高い。
壁には見たことのない絵が飾られ、棚には金色の装飾が入った小物が並んでいた。
豪華なのに、ごちゃごちゃして見えない。
『……ホテルかよ』
颯が呟く。
今まで何度も桃華さんには会ってきたけれど。
「……桃華さんって、本当にお金持ちなんだね」
「今さら?」
ソファに座っていた桃華さんが、呆れたように片眉を上げた。
「柊くん」
向かいのソファに座っていた奏さんが立ち上がった。
その隣に、麗子さんの姿が見える。
「ごめんね。遅くなって」
「いえ。
篝くんは……大丈夫でした?」
「うん。すぐに元通りってわけじゃないけど」
さっきの篝くんの言葉を思い出す。
「でも、今は大丈夫だと思う。
宵くんと灯さんも、そばにいるし」
「……そうですか」
奏さんが小さく息を吐いた。
『で?光流は?いねぇじゃん』
「夕方に最後の練習があるらしくて……
学校を出る時に応援団の人たちに捕まって、そのまま連れて行かれました」
『はぁ??』
「代わりに麗子さんが来てくれました」
「みっちーもママも大丈夫そうだったから来たわァ」
「全く。桃華と暮羽のことより応援団を優先するだなんて」
桃華さんは腕を組んで足を投げ出した。
「学校のみんなにはわからないことですから、仕方ないですよ。
それに、光流くんも練習が終わったらすぐ向かうって言ってました」
『で?どうすんだよ?』
「とりあえず座ったら?」
桃華さんが顎で椅子を指した。
「……はい」
見るからに高級そうな椅子。
僕は恐る恐る腰を下ろした。
「研究所って、どこにあるの……?」
「ここです」
奏さんがスマホをテーブルの上へ置いた。
画面を覗き込む。
「……南区?」
「はい。ここから車で二十分ほどかと。
響も“行こうか?”と言ってくれましたが、久世家のこともあるので断りました」
「……久世家」
紫苑さんと狛さんは、あの後どうなったのだろう。
紫苑さんの焼け爛れた顔を思い出した。
……連絡を取るべきなのだろうか。
「紫苑さんたちから、何か連絡あった?」
「いえ。私のところには何も。
昨夜、あんな状態でしたし……。
今回の件、協力して貰うのは難しいでしょう」
奏さんはスマホを手に取った。
「今、あの人たちがどこまで私たちと一緒に動けるのかも、正直わかりませんし」
「……二人が久世家についたとしても、常夜の味方になったわけじゃないよね?」
「ていうか、伊吹はどうなったのよォ?
動けるなら来てもらった方がいいわよねェ?」
『だー!!』
颯が声を上げた。
『ややこしい!!』
「うるさいわ」
桃華さんがピシャリと言った。
「気になるなら電話すればいいでしょ?
来るなら来る。来ないなら来ない。それだけの話よ」
……それもそうだ。
僕はスマホを取り出した。
「狛さんに電話してみよう」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:10月14日21時
第三百四十六話 タイトル未定




