第三百四十話 Episode:篝【完成品】
息を大きく吸った。
呼吸が楽だ。
生まれて初めて、
肺が酸素で満たされた気がした。
窓ガラスへ目をやる。
右目が緋、左目が蒼に輝いていた。
——これが、共霊。
身体は、潰れそうじゃなかった。
ドゴッ!
僕は肘で背後の男を突いた。
「うっ!」
僕を捕らえていた男の手の力が抜ける。
その手を払いのけ、
右足を軸に身体を捻った。
ドガッ!!
男の脇腹へ蹴りを捩じ込む。
身体が軽い。
僕の力とは思えない。
「……かっ……!」
男の身体が後ろへ滑った。
「げほっ、げほっ!!」
男が咳き込む。
「……ふ」
僕は咳一つ出なかった。
もう、
欠陥品じゃない。
「……はぁ」
男は片手で脇腹を抑えた。
ゆっくりと顔を上げる。
「……これ、話変わってくるだろ」
男が腰を落として警棒を構えた。
「……」
掌をかざす。
「おい、僕。やめろ」
男の額に汗が滲んでいた。
「その力、扱い方もわかってねぇだろ……!」
わからないさ。
だって。
「僕は実戦経験がないので、
やってみないとわかりませんね」
「しっかりしろよ……!」
男が動いた。
「脳まで焼かれてんじゃねぇぞ!」
警棒を包む霊力が、
燃え盛るみたいに膨れ上がった。
一瞬で、男が目の前に迫る。
「宵」
蒼い焔が僕を包んだ。
バチィッ!!
焔の壁に警棒がぶつかる。
「くっ……!」
攻撃は僕に届かない。
それでも、
男は引かなかった。
「おらぁ!!」
男は蒼い焔を突き破ろうとしていた。
僕は掌を男へ突き出す。
男の視線が、僕の右手へ動いた。
「クソッ——」
「……灯」
ブワッ!!
緋い火柱が走った。
「あぁぁぁ!!」
男が緋い焔に包まれる。
——勝てる。
僕は強い。
焔は止まらなかった。
『篝様……!?』
『落ち着いてください!!』
この時の僕に、
二人の声は届かなかった。
「……ふふ」
完成品になれた自分に、
どうしようもなく、
高揚していたんだ。
『殺してしまいますよ!!』
——殺す?
「……っ!?」
宵くんの言葉で我に返った。
目の前で、
男が燃えている。
「……あ……!」
止めなきゃ。
でも、どうやって?
水?消火器?
わからない……!
「……あ……あ……」
気づけば、しゃがみ込んでいた。
空気が熱い。
焦げる匂いが充満している。
何だこれ
何だこれ
何だこれ……!
『篝様、落ち着いてください!!』
『早く逃げましょう!!』
逃げる?
これ、どうなるの?
——ドサッ。
緋い焔の向こうで、男の姿が崩れ落ちた。
「……あ……」
動かない。
——僕、何をした?
僕は、
人を……?
ジリリリリリリ!!
火災警報器が鳴り響いた。
「……っ!」
咄嗟に耳を塞ぐ。
——そんなわけない。
僕に、そんなことできるはずがない。
「……ああ」
胸の奥で、
抑えていた何かが弾けた。
ゴオォォォッ!!
僕の中から焔が溢れ出す。
床を走り、
待合の椅子を、テーブルを、カーテンを。
全てを焼き尽くしていく。
真っ赤だ。
こんなに、汚い色だったっけ?
「……はは……ははは」
多分、これは悪い夢だ。
もし、これが夢じゃなかったら。
僕は一生、僕を憎むよ。
——殺したいほどに。
『……篝様!!』
蒼い焔が僕を包む。
——僕の意識は、そこで途切れた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:10月6日21時
第三百四十一話 鍵をかけた記憶




