第三百三十八話 Episode:篝【緋と蒼】
「……」
僕は掌に霊力を灯した。
——僕が、二人に霊力を分ける。
「戦うって言ってもねぇ」
一歩、また一歩。
男が距離を詰めてくる。
「君たちまだ子どもだろう?」
男が僕を指差した。
「君は、確かに霊力が強いね」
「……ごほっ」
「だけど、実戦経験はないんじゃないの?」
ない。
ずっと、誰にも教えて貰えなかった。
物では試したことがあるものの、
霊へ霊力を流すこと自体、初めてだ。
もし失敗したら、
男の霊力に押し負けて、二人は消えてしまうかもしれない。
指先が震えた。
いずれにしても、
やらなきゃやられる。
「……僕は、御影家の子どもです」
「え?」
男が首を傾げた。
「霊についてよく知っています」
「ああ。三流派とか言うやつ?
悪いけど、おじさんよく知らないんだよね」
男は困ったように笑った。
「おじさんはさ、一人でこの仕事やってるから」
「でしたら、代わっていただけませんか?」
「は?」
「あなたが二人を祓う代わりに、僕が成仏させます。
二人の成仏が近いことは見てわかりますよね?」
「でもそれ、根拠ないでしょ?」
男がため息を吐く。
「あのね、僕。おじさん仕事で来てるのね。
今ここで、そこの双子の霊を祓わないとお金貰えないの」
「お金が必要なら、僕が出します」
「それは親の金でしょうよ」
「……っ!」
悔しい。
この人からしたら、
僕はただの霊が見える子どもだ。
三流派とか、御影とか、関係ない。
祓い師の世界だって、
僕の知らないことがたくさんある。
「でも……!二人は悪い霊じゃありません。
祓う必要がそもそもないと思います!」
「……篝様」
灯さんの声が聞こえた。
「君は見えるから、そう思うかもしれないけどね」
男が腰元の棒へ手を伸ばす。
「世の中の人は大半、おばけが怖いんだよ」
ジャキッ!!
警棒だった。
「生きてる人を守るのが、祓い師の仕事だから」
「霊を成仏させることも仕事ですよね!?」
僕はそうやって教わった。
「それは時間がある金持ちの祓い師だからでしょ?」
警棒に青白い霊力がまとわりつく。
「おじさん、これだけで食べてるわけじゃないからさ。
普通の大人は忙しいんだよ」
——普通?
「おじさんは見える側なだけで、普通の人と同じ世界で生きてんの。
霊が何してようが、どうなろうが、普通の人からしたらわからない」
男は警棒を掌の上で弾ませる。
「そう思うとさ……」
その手が、止まった。
「祓うのも成仏も一緒だろ」
男が床を蹴った。
「っ!!」
「篝様!!」
二人が前へ飛び出す。
僕は二人へ両手をかざした。
「灯さん!宵くん!」
——頼む!
ブワァッ!!
指先から青白い光が走る。
瞬間、二人の輪郭が濃くなった。
ガキィンッ!!
二人の腕が、男の警棒を受け止めた。
「……まじか」
男が目を見開く。
「くっ……!」
できてるのか!?
どれくらい送れば良い!?
わからない……!
とにかく全力で二人へ霊力を注いだ。
男の足が、ジリジリと後ろへ滑っていく。
「篝様!いけますわ!!」
「……どうかなあ」
男が一歩だけ横へずれた。
「「え!?」」
行き場を失った二人の力が空を切る。
「真っ直ぐ押すだけなら、避ける方が楽なんだよ」
男はそのまま身を沈め、
すれ違いざまに警棒を振り上げた。
バシッ!
バシィッ!!
「きゃ……!」
「うわぁ!」
二人の身体が吹き飛ぶ。
灯さんは待合の椅子にぶつかり、宵くんは空中で身体を捻った。
素早く体勢を立て直すが——
「ごめんね、君たち子どもなのに」
宵くんの目の前に、もう男が迫っていた。
「危ない!!」
僕は霊力を送ろうとした。
しかし——。
「ごほっ!ごほっごほっ!!」
こんな時なのに、肺が軋んだ。
振り上がられた男の警棒が青白く光る。
——まずい!
その時だった。
「宵!!」
ズバッ!!
緋い火柱が一直線に走った。
「うおっ!」
男が警棒で防ぐ。
緋い焔は警棒に弾かれて霧散した。
今の……何が起きた?
「……あ……」
灯さんは固まっていた。
「いやいや」
男が後方へ飛んで距離を取る。
「元素付きかよ」
——元素付きって。
「十哉さんと同じってこと……!?」
十哉さんは水。
灯さんは——。
「火なんて、一番危険じゃないか」
男が目を細めた。
「余計に放置できないだろ」
ブワァッ!!
警棒を包む霊力が勢いを増す。
「悪いけど、片付けさせてもらうね」
男の姿を見失った。
「きゃ!?」
男が狙ったのは灯さんだった。
「灯!!」
灯さんの前に、宵くんが両手を広げて飛び込む。
すると、
ブワッ!!
「あっちぃ!」
蒼い焔が二人を球状に包んだ。
熱に触れ、男が弾かれる。
相手を焼くための焔じゃない。
守るための焔に見えた。
「すごい……」
二人の焔は、美しかった。
「おいおい!二人揃って元素付きってか!?」
男が熱を覚ますように両手を振る。
「おい、僕!下がってな!!」
男が僕に叫んだ。
「巻き込まれるぞ!」
「ごほっ……僕は……」
呼吸を整える。
「巻き込まれたりなんかしない」
二人は強い。
この力があれば、きっと、この男に勝てる。
この時の僕は、そのことだけを考えていて、
火の恐ろしさを忘れていた。
二人は、火事で亡くなったというのに。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:10月4日15時
第三百三十九話 Episode:篝【友達にはなれない】




