第三百三十七話 Episode:篝【補い合う】
「……っ!」
その夜、僕は目を覚ました。
灯さんでも宵くんでも、十哉さんでもない。
——僕の知らない霊力の気配。
「……」
置き時計を見る。
時刻は午前零時を回っていた。
——二人は?
嫌な予感がした。
「行かなきゃ」
気づけば、病室を飛び出していた。
二人の気配を探る。
「……薄い」
だけど、確かに感じる。
そして、もう一つ。
二人の気配を見失ってしまいそうなほどの霊力。
僕の知らない、誰かがいる。
——『私たちに他の祓い師を止める権利はないわ』
「まさか……!」
廊下を歩く足が、少しずつ速くなった。
夜間は施錠されていて、僕は入院しているフロアから出られない。
だけど幸いなことに、
二人の気配がするのは同じフロアの待合スペースからだ。
ぺた……ぺた……。
暗い廊下に、僕の足音と心臓の音だけが響く。
待合スペースへ着く。
人影はない。
ただ、非常灯の緑色がやけに濃く見えた。
「……」
僕は窓際へ近づくと、長椅子の裏を覗き込んだ。
「「篝様……」」
身を潜めていた二人が、揃って視線を上げた。
よかった。いた。
「どうして隠れてるの?」
「僕たち、先ほどまで別のフロアの空きベッドにいたのですが……」
「誰かが私たちを探しているようで、思わず逃げてきたのですわ」
「……誰かが来てるみたいだね」
「篝様のお知り合いですか?」
宵くんが尋ねた。
「いや、知らない。
だけど霊力持ちなのはわかる」
「それって……」
二人の顔が青ざめる。
「私たちを……祓いに……?」
「その可能性がないとは言えない。
どうして僕の部屋に来なかったの?」
「篝様のお部屋に行こうかとも思ったのですが……」
宵くんが言い淀む。
「睡眠の邪魔はしたくありませんでしたの」
「それなのに、結局同じフロアまで来てしまいました」
二人も、迷っていたのか。
「……気にしなくていいんだよ」
僕は眉を寄せた。
「とにかく、僕の部屋へ行こう。
巡回の看護師さんが来ちゃう」
「よろしいのですか?」
「もちろん。僕といれば、二人の気配も誤魔化せるから。
さあ」
僕が二人に手を伸ばした、その時。
ピッ。
自動ドアのロックが開く音がした。
「……!」
ウィーン。
誰か来る。
看護師さん?
いや、違う。
強い霊力を感じる。
コツ……コツ……。
足音が近づいてくる。
僕の病室は病棟の奥だ。
このまま移動すれば鉢合わせない。
「早く行こう」
「はい……!」
二人が立ち上がろうとした瞬間——。
ヒュンッ!
青白い光が瞬いた。
「!?」
バチィッ!!
「……っ!」
「「篝様!!」」
咄嗟に二人を庇っていた。
熱い。
この熱を、僕は知ってる。
——『欠陥品』
あの時と、同じ。
攻撃する意図で向けられた霊力。
「大丈夫ですか!?」
宵くんが身を乗り出した。
「……はぁ」
息を吐き出す。
これくらいの攻撃じゃ、
僕の霊力は到底削られない。
だけど——。
「……ごほっ!ごほごほっ!!」
問題は身体の方だ。
「——あれ?子ども?」
男の声が落ちた。
ゆっくりと顔を上げる。
薄暗い廊下の先に、人影が見えた。
「あ、ここ小児病棟か」
カツ……カツ……。
こっちへ近づいてくる。
「二人とも逃げて」
僕は前へ出た。
「でも!」
「篝様を置いて行けませんわ!」
「大丈夫だから!早く!」
自然と大きな声が出た。
「僕は消えない!
だけど、二人は消されるかもしれない!」
ここには、十哉さんも、
父さんも母さんもいない。
僕が、二人を守らなくては。
「退院したら、一緒に新しい屋敷へ行くんでしょ!?」
「……篝様……!」
二人が一歩下がった。
「ちょっと僕、ダメだよ」
薄暗い光に照らされ、
男の姿が徐々に見えてくる。
「それ、おじさんが祓いに来た霊なんだから」
——間違いない。
紺色のポロシャツに、ベージュのズボン。
足元には、少しくたびれた黒いスニーカー。
腰には、黒っぽい棒のようなものが下がっている。
「大人の邪魔しちゃいけないよ」
父さんと同じくらいの年齢の、普通のおじさん。
だけど、
この人は祓い師だ。
「早く行って!!」
僕は片手を広げた。
「でも、篝様が……!」
お願い。
「守らせてよ」
「「……」」
二人が背後から僕の肩に触れた。
「篝様、ありがとうございます」
「でも、私たちも篝様を守りますわ」
「……だからっ!」
守るって言ったって。
「二人はもうほとんど霊力がないんだ!
わかる!?霊として弱いってことなんだよ!?」
「篝様だって、強くはありませんわ」
「僕たち、同じですよね?」
宵くんが僕を見つめる。
「ですから——」
二人が一歩前に出た。
「一緒にやりましょう」
僕の両隣に、二人がいる。
「篝様。霊力を分けてくださいませ」
「僕たちが戦います」
「あ……」
欠けた部分を、補い合う。
十哉さんとした、あの話が脳裏に蘇った。
「こらこら、夜中に大きい声出したらダメじゃないか」
男が右手を天井へかざした。
「患者には、手を出さない約束だからね」
バキンッ!
防犯カメラが砕ける。
「これで残らない」
男はにっこり笑った。
「忠告はしたからね」
——やるしかない。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:10月4日12時
第三百三十八話 Episode:篝




