第三百三十六話 Episode:篝【明日】
もし、
一度だけ時間を巻き戻せるなら。
僕は迷わずあの日を選ぶだろう。
*
「篝様」
消灯前の僕の病室へ、十哉さんが現れた。
「……十哉さん、ひとり?」
僕は布団を被ったまま、目線だけ上げた。
「はい。二人は空いている部屋で寝ています」
「そう」
二人は僕の病室で浮いたまま眠る時もあれば、
空いている病室のベッドや待合のソファを使う時もあった。
「少し、よろしいでしょうか?」
十哉さんが僕を真っ直ぐに見た。
「うん」
話の内容は、だいたい予想がついた。
「二人のことだよね?」
上体を起こす。
「はい。お気づきかと思いますが、二人の還る時が近づいています」
「……うん」
「篝様のおかげです」
「……そうかな」
「私ひとりでは、こんなに早く二人の未練がなくなることはなかったでしょう」
十哉さんの言葉に、僕は小さく首を横に振った。
「十哉さんの力は大きいよ。ありがとう」
——『篝様の知っている世界を、二人にお話ししてみてはいかがでしょう?』
そう言って、
僕と二人を繋いでくれたのも十哉さんだったから。
「……二人は、篝様の退院と引越しを見届けた後、成仏しようと思っているようです」
「そう言ってたの?」
「はい。もう霊力が随分薄くなっているので、急いだ方がいいと二人には伝えたのですが……どうしても、“あと少しだけ”と」
「……そっか」
三日後。
僕が元気に退院できれば、
二人は安心して還れるのだろう。
「ちゃんと退院したいから、もう寝るよ」
僕は十哉さんに背を向けて横になった。
「夜更かしして体調を崩したら笑えないからね」
「篝様」
「何?」
「成仏は、二度目のお別れです」
「……」
「霊は未練を断ち切って還りますが、残された人間に悔いが残ることもあります」
残された人間に……?
「二人に伝えたいことは、早めに伝えられると良いと思います」
「……あ」
——“友達”。
僕は二人と、友達になりたい。
だけど、
二人はもうすぐいなくなる。
還る人に、そんなことは言えない。
「私も、もうすぐ成仏します」
十哉さんが僕の頭に手を伸ばした。
「だからこそ、この世で過ごす一瞬一瞬が大切です。
起きた出来事も、貰った言葉も」
十哉さんが僕の頭を撫でる。
——温かい。
「それは、最後の瞬間まで変わらないと思います」
「……」
「では、私は戻ります」
十哉さんが僕から離れる。
「おやすみなさい、篝様」
柔らかい声だった。
「……おやすみなさい」
かすかに、カーテンが動く音がした。
——二人は今、どこにいるんだろう。
あのこと、言いに行こうかな。
きっと笑ってくれるはずだ。
置き時計を見る。
午後九時四十五分。
消灯まで、残り十五分しかない。
いや、十五分もあるか?
違う。焦っちゃダメだ。
また無理をして身体を壊したら、意味がない。
今日は身体を休めて、
明日の朝一番に言おう。
僕は目を閉じた。
——この時の自分の選択を、
僕は一生後悔することになる。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:10月3日15時
第三百三十七話 Episode:篝




