第三百三十三話 Episode:篝【繋がり】
「肺の状態が安定するまで、もう少し様子を見ようね」
それから約二週間。
医師に言われた通り、無理をせずに過ごした。
灯さんと宵くんは変わらず病室に来てくれた。
気づけば、二人が十哉さんと出かける時間よりも、
病室で三人で過ごす時間の方が長くなっていた。
僕に気遣っているのかと思った。
だからある日、十哉さんに聞いてみた。
「二人の未練って、ちゃんと解消されてるの?」
「はい。私はそう見ています」
「でも最近、ほとんど二人は僕の病室にいるじゃないか」
「……それで良いんですよ」
「どうして?」
「二人の未練は、ただ“外の世界が見たかった”だけではないようですから」
十哉さんはそう話していた。
*
七月中旬。
肺の状態は、すっかり落ち着いていた。
「このまま問題なければ、二十四日に退院しようか」
診察室で、いつもの男性医師が微笑んだ。
「ご家族にも連絡しておくよ」
「……はい」
退院まで、約一週間。
「あの、外出って……?」
「そうだね。
調子を見てだけど、来週のどこかでしてみようか」
「はい。お願いします」
——やっと。
三人で外へ行ける。
「家族とも、何日にするか話し合ってみて」
「……わかりました」
——『あの子たちのことは十哉に任せなさい』
父さんは、わかってくれるだろうか。
診察を終えて病室に戻ると、
ベッドの下に二人の姿が見えた。
二人は向き合って床に座っていた。
「……何してるの?」
「「篝様!」」
二人が揃って顔を上げる。
「先ほど深雪様がいらっしゃって、これを!」
「母さん?」
宵くんが指差したのは、碁盤だった。
「持って来てくれたんだ」
僕も二人のそばにしゃがみ込んだ。
「“将棋ばっかりも飽きるでしょう?”と」
灯さんが碁盤を撫でる。
「まだ将棋もやりたいですけれどね!
篝様には一度も勝てていませんもの!」
「……そっか」
一週間ほど前、
母さんが将棋盤と駒を持って来てくれた。
二人が病室で過ごす時間が増えたのは、
そのおかげでもあるのかもしれない。
僕は二人に将棋を教えた。
誰かに物事を教えるのは、意外と難しかった。
だけど二人とも飲み込みが早くて、
すぐに勝負できるようになった。
「篝様!囲碁のやり方も、また教えてください!」
宵くんが笑う。
僕は碁石を一つ摘み上げた。
「……うん。二人とも、すぐに覚えるよ」
「篝様の教え方が上手いからですわ!」
「二人の頭がいいからだよ」
僕は口元を緩めた。
「ところで母さんは?」
「“購買に行ってくる”と!」
「そろそろ戻っていらっしゃると思いますわ」
「今日も女神のようにお美しかったです」
「……そう?母さんもう三十——」
「かがちゃん」
カーテンが開いた。
「余計なことは言わなくていいのよ」
母さんは笑顔だった。
「……」
だけど目だけは笑っていなかった。
「お菓子買って来たわ」
母さんがビニール袋をベッド脇のテーブルに置いた。
「わあ!」
「ありがとうございます!」
二人が立ち上がって袋を覗き込む。
二人とも、市販のお菓子をあまり食べたことがなかったらしい。
それは僕も同じだった。
僕は二人と違って甘いものが苦手だから、
食べたいとは思わなかったけれど。
「篝様!酸っぱいのもありますわよ!」
「……そう」
だけど、世の中のお菓子は甘いだけじゃない。
酸っぱいものも、辛いものもあると最近知った。
二人がいなかったら、
きっと母さんは市販のお菓子なんて買わなかっただろう。
「一気に食べないようにね」
母さんが人差し指を立てた。
「あの……母さん」
「ん?」
「さっき診察で……来週、外出してもいいって」
「「!」」
二人が僕の方を見た。
「何日がいいか、家族と話し合って決めてって」
「退院の日は決まったの?」
「このままの調子なら、二十四日だって」
「よかったわ」
母さんは小さく笑った。
「外出の日は、狭霧さんと十哉の予定も確認してみないとわからないわね」
「……父さん、いいって言ってくれるかな?」
「そうね」
母さんが僕の髪を撫でた。
「ちゃんと先生にも相談してるし、十哉も一緒なら大丈夫じゃないかしら?」
「……」
それでも、やっぱり不安だ。
「かがちゃんが治療を頑張っていたのは、狭霧さんもよくわかってるわよ」
そうだといいけれど。
「日にちが決まったら、病院に連絡しておくわね」
母さんの穏やかな笑顔に、
少しだけ気持ちが楽になった。
「……そう言えば」
母さんが双子の方へ向く。
「購買に行った時、あなたたちのことを話してる人たちがいたわ」
「私たちのことを?」
「ええ。病院で怪異が起きてるって」
「あ……」
二人の表情が曇った。
「病院は、霊力を帯びた物が多い場所だから。
あなたたちくらい霊力が強ければ、気をつけていても物に触れてしまうことはあるわ」
絵本も、りんごもそうだった。
全てのものに干渉できるわけじゃない。
霊力のあるものにだけ、二人は触れることができる。
二人にとっては、それがこの世界との数少ない繋がりなのに。
二人が見えない人には、物が勝手に動いているようにしか見えない。
それはきっと、怪異と呼ばれる。
「病院側も、専門の人に相談するかもしれないって」
「え……!?」
それって——。
「祓い師は、御影家だけじゃないもの」
「誰かが二人を祓いに来るかもしれないってこと……!?」
「そんな……!」
「祓うって、成仏とは違うのですか!?」
二人が慌てている。
いや、僕も。
「成仏だけを……正しいとしない祓い師もいるから」
声が震えた。
「そうね。
だけど、私たちに他の祓い師を止める権利はないわ」
「……」
「だから、その前に。二人の未練がなくなるといいわね」
ドクン。
「……ごほっ、ごほっ!!」
「篝様!」
「大丈夫ですか!?」
駆け寄る二人に、右手を上げた。
「大丈夫。ごめん」
息が苦しい。
もう、苦しくないはずなのに。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:10月1日21時
第三百三十四話 Episode:篝




