第三百二十六話 Episode:篝【外の世界】
父さんたちが帰った後、
僕はひとりで病院の総合待合へ行った。
——『自分のことを第一に考えなさい』
「……」
自分のことが、一番嫌いなのに?
長椅子に腰掛け、行き来する人を眺める。
老人、親子、中年男性。
あの人たちは、
病気が治ったら何をしたいんだろう。
僕は、御影家に相応しい祓い師になりたい。
それって、自分のため?
それとも……。
「宵!外に行ってみましょう!」
高い声と共に、
緋い長髪の少女が僕の前に走ってきた。
「ダメだって!」
少女を追いかけ、蒼髪の少年も走ってくる。
少年は少女の着ている病院のパジャマを引っ張った。
「戻って来れなくなったらどうするんだよ!
お金だって持ってないし!」
彼もまた、病院のパジャマ姿だった。
「別に大丈夫ですわよ!私たち、霊なんですもの!」
「……あ」
テレビで見た、双子のきょうだいだ。
——絵本とりんごの、犯人か。
死んだばかりなのに元気だな。
「まだ……本当に死んだって決まったわけじゃないだろ!?
身体があるところにいた方がいいって!」
「その身体、“今日司法解剖に回される”って、さっきあなたも聞きましたわよね!?」
「聞いたけど……!まだ実感ないんだよ!」
違う。
死んだばかりだから元気なのか。
「……死んでるよ」
思わず口にしていた。
「「え!?」」
二人が同時に振り返る。
「……っと……」
しまった。
父さんに釘を刺されたばかりだったのに。
まあ、別にいいか。
見えてるだけで、
どうせ僕にできることなんてない。
「あなた、見えてますの!?」
何と返せばいいのだろうか。
「ほら!この人には見えてる!
やっぱり僕たち死んでないんだって!!」
「でも、この方以外、私たちに気づきませんでしたわよ!?」
「「……」」
二人の顔から、一瞬だけ笑みが消えた。
だけどすぐに、少女が僕へ顔を近づけてくる。
居た堪れず、僕は目を閉じた。
「……気のせいかしら?」
「灯……。よく見ろ」
声が近い。
「この方……!」
「宵、私も気づきましたわ……!」
……何だ?
「めちゃくちゃに美しい」
「ええ、本当に」
「……」
見た目?
「人形かもしれませんわ」
うっすらと目を開ける。
少女の手が、僕の顔へ伸びて来るのが見えた。
「待て灯、勝手に触るのは——」
少年が止めようとした、その時。
パシッ。
「やめなさい」
聞き覚えのある声と霊力。
僕は目を開いた。
「失礼ですよ」
十哉さんが、少女の腕を掴んでいた。
「「え!?」」
双子の声がまた重なる。
「篝様。すみません」
十哉さんが、小さく頭を下げる。
「お一人にしておくのが、どうしても気になりまして」
周囲を見回す。
幸い、こちらを見ている人はいない。
僕は少しだけ声を潜めた。
「……父さんたちは?」
「もうお戻りになっております」
「十哉さんだけ戻ってきたの?」
「はい。余計なお世話でしたでしょうか」
「……いや」
双子に目をやる。
双子は、僕と十哉さんを交互に見ていた。
少女が声を上げる。
「この美少年……!皇族ですわね!?」
「いかにも」
「いやいや、違いますから。
十哉さん、適当なこと言わないでよ」
「私にとって、御影家は皇族のようなものです」
十哉さんは真剣な顔をしていて、
冗談なのか本気なのかわからなかった。
十哉さんが双子に向き直った。
「君たち、名前は?」
「……」
双子が顔を見合わせる。
「名乗るのはためらわれますか。
世の中物騒ですから、仕方ないですね」
十哉さんは顎に手を当てた。
「ならば、私がつけましょう。
そうですね……。ボブと——」
「灯ですわ」
「宵です」
「……」
沈黙が流れた。
「灯と宵ですね。私は十哉と言います。
こちらのお方は——」
「御影篝」
誰かに名乗るのは、久しぶりだ。
「篝でいいよ」
これが、
僕たちの出会いだった。
「「篝様!!」」
「篝でいいって。
僕、君たちと同じ小学六年生だから」
「でも、皇族なんですよね!?」
「それに篝様の方がしっくりきますわ!」
二人は嬉しそうに笑った。
病院には、似つかわしくない無邪気な笑顔。
それでも、嫌な気はしなかった。
「……コホン」
十哉さんが咳払いした。
「単刀直入に言います。
灯、宵。あなたたちは——亡くなっています」
「「え……」」
双子の表情が一瞬で曇る。
ああ、
またこの顔。
「……」
僕は目を伏せた。
「未練があるため、この世に残ったのです。
それを果たせば成仏できます。
ですから、未練がわかれば教えてください」
十哉さん、
二人を還そうとしているのか。
自分だって、まだ残っているのに。
さすが、父さんの守護霊。
「未練か……」
「だとしましたら……!」
灯さんは、ぱっと顔を明るくした。
「私たち、外の世界が見たいのですわ!」
「……外の……世界?」
僕は首を傾げた。
十哉さんもきょとんとしている。
「外と言いますと?」
「ショッピングセンターとか、水族館とか、大きな公園とか!」
「……」
どれも、僕もほとんど行ったことがない。
「美術館とか、海も気になります!」
宵くんが続いた。
そんなの。
普通の小学生なら知っているのでは……?
「もしかして、二人は何かの病気で……?」
十哉さんが尋ねた。
「いや。僕たちはそういうのじゃないです」
「至って健康ですわ。
私たちは風邪ひとつ引いたことありませんの」
二人はあっけらかんと答えた。
「“勉強勉強!”って言われて、
ずーっと家に閉じ込められてたんですよ」
健康でも、
外に出られない子どもがいるのか。
「もっと見たいものも、やりたいことも色々あったのですわ!」
「でしたら、
今すぐにでも、外を見に行くのがよろしいのでは?」
「……私も、そう思ったのですけれど」
灯さんの声が小さくなる。
灯さんが宵くんをちらりと見ると、
宵くんが言葉を継いだ。
「身体がまだこの病院にあるんです。
離れて動くのは……どうしても……」
「……そんな簡単に、割り切れませんよね」
十哉さんが眉尻を下げた。
「……」
僕に向けられた表情でないとわかっていても、
この顔はどうしても苦手だった。
「それに」
双子がそっと寄り添い合う。
「お父様とお母様に、会いたいんです」
自分たちを家の中に閉じ込めた父親。
家に火を放った母親。
「ご両親は……?」
十哉さんが静かに尋ねた。
「いませんでしたの」
灯さんが俯く。
「病院の中も探しました。でも、どこにも」
「……亡くなった方が、必ず霊として残るわけではありません」
「じゃあ、もう会えないんですの?」
「……わかりません」
十哉さんは小さく首を振った。
「……会いたい、よね」
僕だって、突然死んでしまったら、
家族に会いたいって思う。
僕には、この二人が見える。
声も聞こえる。
それなら——。
「十哉さん。僕も、何か力になれる?」
「……そうですね」
十哉さんが視線を上げる。
その先を辿ると、
待合の一際大きな窓の向こうに青い空が見えた。
「篝様は、外へは出られませんからね」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月26日12時
第三百二十七話 Episode:篝【僕の世界】




