第三百二十五話 Episode:篝【自分を第一に】
六月。
僕はまた肺炎になって、入院していた。
あの病院に。
『昨日、奥崎市内の住宅で火災が発生し——』
「……ごほっ……」
ベッドの上で、
僕はイヤホンを耳に差し込んでテレビを見ていた。
画面の中で、家が燃え上がっている。
『この住宅には、先日、汚職への関与が明らかになり、議員を辞職した——』
画面が切り替わった。
スーツを着た男性の写真。
名前の横には、“元衆議院議員”と書かれていた。
『警察は、妻が住宅に火を放った可能性が高いとみて調べています』
家には、子どももいたらしい。
『この火災で夫婦が死亡。
また、小学六年生の双子のきょうだいも病院へ搬送されましたが、その後、死亡が確認されました』
画面の隅に、二人の名前と年齢が表示される。
——十二歳。
僕とほとんど変わらない。
「……」
どうして、火をつけたんだろう。
政治家の人が悪いことをしたから?
でも。
子どもは、関係ないのに。
シャッ。
病室のカーテンが開き、看護師さんが顔を出した。
「篝くん。診察の時間だよ」
「……はい」
僕はイヤホンを外して、テレビのリモコンを手に取った。
もう一度、画面を見る。
家は、まだごうごうと燃え盛っていた。
ピッ。
テレビを消す。
「行こっか」
さっきまで聞こえていたニュースの声は、もう聞こえない。
だけど。
燃え上がる焔だけが、しばらく頭に残っていた。
——火って、怖いよな。
そんなことをぼんやり考えながら、
僕は診察のために小児科の待合へ向かった。
「今朝、ここの本、ぐちゃぐちゃになってたんでしょ?」
「え〜?いつも消灯前に確認してるわよね?」
看護師さんたちの会話が聞こえてくる。
「じゃ、夜中に誰かがやったってこと?」
「患者さん?だとしても夜勤が気づくわよぉ」
小児科の待合にはキッズスペースがある。
「……」
看護師さんたちが話しているのは、
そこに置かれている絵本ラックのことだろう。
何となく、その会話が気になった。
「そう言えば——」
一人の看護師さんが、少し声を落とした。
「今日も警察、来るんでしょ?」
「ああ……昨日の火事ね」
「救急、大変だったみたい」
「そりゃそうよね……」
ガラガラガラ………。
ワゴンの音と、看護師さんの声が遠ざかっていく。
——そうか。
ここは、市内で最も大きな総合病院。
昨日の火災で、あの家族もここへ運ばれたのだろう。
そして、亡くなったんだ。
「……ごほっ……」
病院は、死に最も近い場所だ。
その分、霊も集まりやすい。
あの絵本ラックも、きっと……。
「——うん。良好だね」
診察室でレントゲン写真を眺めながら、
いつもの男性医師が微笑んだ。
肺炎の症状は、もうかなり良くなっていた。
熱もない。
「あと一週間くらいかな」
「もう元気です……ごほっ、ごほっ!!」
看護師さんが僕の背中を摩る。
「安静にしてね。またぶり返すかもしれないし」
「……はい」
退院の許可は、出なかった。
診察から戻ると、
父さんと母さんが来ていた。
十哉さんも一緒だった。
「かがちゃん。診察どうだった?」
「良好だって」
「そう」
母さんが微笑む。
僕はベッドに腰掛けると、
立ったままの二人を見上げた。
どことなく、重々しい雰囲気。
「何かあった?」
「……」
父さんと母さんが目を合わせた。
「篝」
口を開いたのは父さんだった。
ということは、
三流派関係の話なのだろう。
「紫苑くんが、久世家を破門された」
「……え?」
僕は目を見開いた。
「禁式を使ったそうだよ」
久世家の禁式……。
あの子は、そんなことまでできたのか。
「……破門って、どうなるの?」
「紫苑くんは久世家を出る。
おそらく久世傘下の家に移るんじゃないかな」
「後継者は?」
「蒼嶺くんに決まるはずだ」
「これで、久世家内部のごたごたは一区切りってことよ」
母さんは真剣な顔をして言った。
「つまり、これから久世家の意識が外に向く可能性があるの」
「外……」
僕は、ちらりと十哉さんを見た。
「……そういうことか」
まだここにいるのは、父さんと御影家のためなんだ。
御影家が狙われるかもしれない。
——『御影はもう、終わりかな』
「……ごほっ、ごほっ!」
僕のせいで、
弱いと思われているのかもしれない。
「篝には、安全な場所で療養してほしいんだ」
「え……?」
「籠屋市に、篝が療養できる場所を用意した。
今回の入院が終わったら、そこへ移ろう」
籠屋市?
奥崎市から車で一時間はかかる所だ。
「父さんたちは?」
「……」
父さんと母さんは、揃って眉尻を下げた。
——まただ。
「会いに行くよ。毎日電話もする」
「一緒に来ないってこと?」
「父さんたちは御影家を守らないといけない」
「……僕も守るよ」
「篝はまず、身体を治さないと」
「……っ!」
僕が、弱いから。
御影家から離されるんだ。
膝の上で掌を握りしめた。
「わかった……」
どうせ、療養したって治らないだろ。
かといって、
僕が御影家にいても迷惑をかける。
わかってる。
わかってるけど……!
どうしようもなく苛立った。
「……篝様。
あなたは、ご自分のことを第一に考えてください」
僕の心を読んだみたいに、十哉さんが言った。
「私たちは全員、あなたのことが大切なのです」
——どうして?
僕はいつも、みんなを困らせるだけなのに。
何もかも嫌になる。
ふと、さっきのニュースが頭をよぎった。
——あの家に火をつけた人も、
こんな気持ちだったのだろうか。
……いや。
だからって、僕は選択を間違えない。
僕は十哉さんを見た。
「わかってるよ」
ガラガラガラ……。
ワゴンの音と看護師さんの話し声が近づいてくる。
「聞いた?昨日の夜、夜勤の子が見たらしいのよ!」
「見たって?アレ?」
「そう!誰もいないのに、りんごが転がってきたって!」
「え〜!?厨房からなくなったやつ!?」
「それ!患者さんの給食用!」
「……」
一瞬、父さんが廊下へ目を向けた。
「篝。十哉の言う通りだ」
看護師さんの声が遠ざかっていく。
「何があっても、自分のことを第一に考えなさい」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月25日21時
第三百二十六話 Episode:篝【外の世界】




