第三百二十四話 Episode:篝【選択肢】
あれから、五年。
僕は十一歳になった。
「ごほっ……ごほっ……」
身体は治っていない。
この五年間、入退院を繰り返し、
ほとんどの時間を病院と自宅で過ごした。
小学校にも、何度か登校した。
先生もクラスメイトも、僕に優しくしてくれた。
だけど——
僕が期待していたものは、そこにはなかった。
時々しか学校に来ない僕と、
ずっと一緒にいてくれる子はいない。
みんなが話す遊びも、場所も、
僕には知らないものばかりだった。
それに、霊や祓い師の話ができる人もいなかった。
父さんも母さんも、御影家のお手伝いさんたちも、
みんな祓い師の世界について教えてくれた。
守護契約や共霊についての知識も得た。
父さんの血を引いているなら、
僕にもきっと器になれる素質がある。
それを知った時は嬉しかった。
それでも、
霊力の使い方は誰にも教えてもらえなかった。
「元気になったら、練習しましょう」
母さんは繰り返しそう言った。
だけどその日が来ないことは、
十一歳にもなれば確信しつつあった。
だから僕は自分で練習した。
いつか、
僕もあの場所に立ちたい。
祓い師になることを、どうしても諦められなかった。
……こんな身体なのに。
何もかも、僕は中途半端だ。
*
「篝様」
ある日、十哉さんが一人で僕の部屋に来た。
十哉さんは父さんの守護霊だ。
見た目は二十代後半くらい。
長い黒髪と藍色の瞳が綺麗な、優しい男性だった。
「私は、もうすぐ還ることになりそうです」
「……え?」
「狭霧様が、私がずっと会いたかった方を見つけて下さったのです」
霊は、未練を果たせば成仏できる。
御影家は霊と守護契約を結ぶ家だ。
祓い師として、霊害を祓うためには共霊もする。
父さんが十哉さんと契約を結んだのはずっと前。
僕が物心ついた頃には、十哉さんは御影家にいた。
家族の一員も同然だった。
「……そうなんだ」
だから、複雑だった。
十哉さんにとって、成仏はずっと望んでいたこと。
霊を還すことは祓い師の仕事でもある。
「それを言いに来てくれたの?」
「それもありますが……」
一瞬、十哉さんが言葉に詰まった。
「篝様は、祓い師になりたいと思っていらっしゃいますよね」
「あ……」
バレてたんだ。
「すみません。霊力操作の練習をされているところを……たまたま見かけてしまいまして……」
「ううん」
僕は首を横に振った。
「父さんたちに言ってないよね?」
「はい。私の中で留めておりました」
「それならいいんだ」
知られたら、またあの顔をさせてしまう。
十一年間、何度もあの顔を見てきた。
その度に、僕は僕のことが嫌いになった。
「篝様」
十哉さんの声が低くなる。
「……何?」
思わず身体に力が入った。
何か、重要なことを言われる気がしたんだ。
「共霊はご存知ですよね?」
「うん」
「狭霧様の血を引くあなたにも、器としての素質がある可能性があります」
「……うん。それは、知ってる」
十哉さんの藍色の瞳が揺れる。
「共霊は、ただ霊力を増幅するだけではありません。
人と霊は、魂だけでなく身体にも影響を与え合います」
「……身体にも?」
「はい。ですから——篝様と相性の良い霊であれば、あなたの身体を補える可能性があります」
「……っ!」
——本当に?
僕の欠けた部分を、霊が補ってくれるってこと?
「ですが、共霊によって増幅した霊力に、あなたの身体が潰される可能性もあります」
「……」
そうだ。
そんな単純なことなら、
とっくに父さんも母さんも僕に話しているはずだ。
そうしないのは、
予想されるリスクが大きいから。
「本来なら、これは狭霧様や深雪様からお伝えするべきことだったと思います」
「……」
「ですが、私はもうすぐ還ります」
十哉さんが僕を真っ直ぐに見た。
「あなたは、御影家の後継者です」
「……うん」
御影家には僕以外の子どもがいない。
欠陥品でも僕が後継者だ。
「いつか狙われる時が来るかもしれません」
——『欠陥品』
——『宝の持ち腐れだね』
紫苑くんの冷めた目を思い出した。
「もし、あなたの身に危険が迫るような時が来たら……、
ご自分を守るための選択肢の一つとして、知っていてほしいと思ったのです」
……それなら。
「十哉さんが僕と契約してくれるの?」
そんなことを口にしていた。
「……私ですか?」
「ごめん。
もうすぐ成仏する十哉さんに言う言葉じゃなかったね」
守護霊は契約がある限り還れない。
そんなことをしたら、
契約が霊を縛るためだけのものになってしまう。
「私は、狭霧様の守護霊ですから」
「わかってる」
そもそも守護霊は、一人としか契約できない。
十哉さんの未練がなくなれば、
父さんはきっと契約を破棄する。
そしたら、十哉さんは成仏する。
「ですが」
「……?」
「あなたが私を必要だと思うのならば、
私はこの世に残りたいと思います」
「っ!だめだ!!」
声を張り上げて言った。
「ごほっ、ごほっ……ごほっ!!」
「篝様!!」
十哉さんが僕に駆け寄り、背中を摩る。
——温かい。
生きた人間じゃなくても、霊には温もりがある。
「……十哉さん」
僕のために、
この人に新たな未練を作らせてはいけない。
「僕も、十哉さんには成仏してほしい」
「篝様。
恐縮ですが、私はあなたを息子のように思っています」
——こんな僕なのに。
目の奥が熱くなった。
「あなたのためなら、私はどうなろうとも構いません」
「……ありがとう」
ずっと、僕のことを思ってくれている。
十哉さんは家族だ。
これ以上、家族を困らせたくない。
「僕は大丈夫だよ」
強くなりたい。
十哉さんとは別の——僕の守護霊を見つければ。
この人も安心して還れるかもしれない。
いや、だめだ。
守護契約は、自分のために結ぶものじゃない。
だけど、このままなら——。
「……」
強くなる方法は、ある。
その方法を選んでいいのかが、
僕にはわからなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月24日21時
第三百二十五話 Episode:篝【自分を第一に】




