第三百二十三話 Episode:篝【強くなりたい】
数日後。
あっという間に、“特訓”の日は来た。
「ごほっ……」
昨日、僕は退院した。
だけど昨夜からまた咳がぶり返している。
緊張していたせいだろうか。
「かがちゃん、無理しなくていいのよ?」
霧島本家へ向かう車の中、母さんが僕の肩を抱いた。
「……大丈夫」
強がりじゃない。
僕が、他の子どもたちを見たかったんだ。
——『……お友達が、見つかるかもしれないわ』
たぶん、期待してた。
違う色を、見てみたかった。
「ごほっ、ごほっ!!」
訓練場に近づくにつれて、呼吸が一層苦しくなった。
今思えば、強い霊力を持つ人間が一箇所に集まっていたことに、身体が反応していたのかもしれない。
「御影家の皆様が、ご到着になられました」
母さんに支えられながら、
僕は霧島家の訓練場へ入った。
「本家嫡男、篝様です」
「ごほっ……ごほっ……!」
——咳が止まらない。
ほかの子どもたちを見る余裕なんてなかった。
それでも。
「持病だそうよ」
「御影はもう、終わりかな」
大人のヒソヒソ話は、嫌でも耳に入った。
父さんが上座の席へ向かう。
僕は母さんと訓練場の端に座った。
隣を見上げると、母さんは眉間に皺を寄せていた。
——また、困らせてしまった。
それもそうだ。
御影家の後継者が欠陥品だと、
三流派の大人たちに見せてしまったのだから。
やっぱり、来ない方がよかったのかも。
抱えた膝に顔を埋めた。
「——久世家の皆様が、ご到着になられました」
周囲のざわめきが止む。
——カツン。
彼は、青い髪の兄妹から遅れて現れた。
「甥の、紫苑様です」
明らかに異質だった。
ざわっ……。
訓練場がどよめく。
「……っ」
思わず顔を上げていた。
カツン……
カツン……。
鮮やかな紫髪を揺らしながら、
紫苑くんが訓練場へ入ってくる。
真っ直ぐに伸びた背筋。
大人の視線にも動じない堂々とした態度。
——強い。
まさに、
後継者に相応しい子どもだ。
僕が、
久世紫苑に憧れないわけがなかった。
そうして、
三流派の子どもたちは集い、特訓が始まった。
次々と、子どもたちが畳へ上がった。
「はあ!」
バチッ!
霊力が弾ける。
——瞬きできなかった。
僕と歳の変わらない子どもたちは、
もう、こんなに強くなっているのか。
僕がベッドで寝ている間にも、
彼らは霊力を練り、身体を鍛えていたのだろう。
何度倒されても、みんな立ち上がった。
その姿が、眩しく見えた。
「……こんなはずじゃ、なかったのに……」
隣で、母さんが小さく呟いた。
見上げると、母さんは悲しそうな顔で畳を見ていた。
僕が、あそこに立てないからだろうか。
畳へ視線を戻す。
みんな、この日に向けて鍛えてきたんだ。
友達ができるかもしれない。
そんな期待をしていた自分が、急に恥ずかしくなった。
僕は、まだ入り口にも立ててない。
やがて、蒼嶺くんと紫苑くんが向かい合った。
バチィッ!!
紫苑くんの強さは圧倒的だった。
それでも——。
「……まだ……!」
蒼嶺くんが、再び紫苑くんへ向かっていく。
畳の上で、二人の霊力がぶつかった。
いつか、僕もあそこに立てるのだろうか。
「そこまで!!」
「……くっ……!」
畳に倒れた蒼嶺くんに、紫苑くんは背を向けた。
「……すごい」
紫苑くんは、蒼嶺くんより三つも年下らしい。
それなのに、もう超えているんだ。
「——あーあ⭐︎」
近くで大人の声がした。
左斜め上に視線を向ける。
「やっぱ蒼ちゃん負けちゃった⭐︎」
若い男と、老人が壁際に立っていた。
「じいさん、どうするよ?」
「……紫苑……」
老人は、笑っていなかった。
「おっ?」
若い男がこちらを見た。
「おみゆ?」
腕を組んだまま近づいて来る。
「……紺士先生」
母さんは僕を隠すみたいに、少し前へ出た。
「……だれ?」
僕は若い男を見た。
「久世家の当主よ」
「それ、お前のガキ?」
紺士先生が僕を指差す。
「ごほっ、ごほっ!ごほごほごほっ!」
「大丈夫!?」
母さんが僕の背中をさすった。
「篝……」
父さんも上座から心配そうに僕たちを見ていた。
「あー。身体悪ぃんだっけ?」
紺士先生は首を回しながら言った。
「気の毒だな〜」
その時——。
バチィッ!!
「……あっ!」
突然、霊力が身体にぶつかった。
「かがちゃん!!」
母さんが僕を抱きしめる。
熱い……!
肺の痛みとは違う。
味わったことのない痛みだった。
「ごめん、手が滑った」
僕に霊力を放ったのは、紫苑くんだった。
模擬戦を終えた紫苑くんは畳を降り、出口へ向かっていた。
「紫苑くん!!」
上座から父さんが叫ぶ。
「やって良いことと悪いことがわからないのか!?」
「……」
紫苑くんは父さんに反応することなく、
冷めた目で僕を見ていた。
——どうして?
さっきまで、あんなふうになりたいと思っていたのに。
「あはははは!紫苑ちゃんおもろ!!」
紺士先生の笑い声が響く。
何が何だかわからなかった。
「ばあさん、特訓もう終わりー?」
「終わりじゃ」
老婆は、満足そうに笑って腰を上げた。
「あおちゃんは?やんないの?」
「葵は蒼嶺より弱い。やる必要がない」
——弱ければ、畳に上がる必要すらない。
じゃあ僕は?
「欠陥品」
ドクン!
「宝の持ち腐れだね」
紫苑くんが僕から視線を逸らす。
畳の上では、
蒼嶺くんが中腰で立ち上がっていた。
「紫苑。篝くんは病気なんだから」
紫苑くんは蒼嶺くんを一瞥すると、
何も言わずに訓練場を出て行った。
「篝!!」
父さんが僕たちのところへ駆けつける。
「怪我は?」
あ。
また、いつもの顔。
父さんも、母さんも、
僕を見る時はいつも心配そうな顔をする。
「大丈夫……」
この顔をさせたくない。
友達のことは、もう考えていなかった。
それよりも、
強くなりたいと思った。
みんなみたいに、
何度倒れても立ち上がれるくらい。
紫苑くんみたいに、
誰にも弱いなんて思われないくらい。
強くなれば、
僕は父さんと母さんを困らせない。
そしたらいつか——。
父さんも母さんも、
僕を見て笑ってくれる気がした。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月23日21時
第三百二十四話 Episode:篝【選択肢】




