第三百十九話 心配されるような人間
玄関のドアを開けると、
深雪さんが立っていた。
「すみません。いきなり」
「大丈夫よ。詠慈から聞いてたから」
深雪さん、着物じゃない。
昨日とは別人みたいに見えた。
「来てくれてありがとう」
……あ。
深雪さんの目の下、薄いクマがある。
「……篝くんは?」
「かがちゃんは二階よ。
昔私が使ってた部屋にいるわ」
『篝の親父は?』
「狭霧さんは私の両親と買い物に出かけてる」
もしかして、
僕たちが来るから、気を遣って……?
深雪さんの視線が靴箱の上へ移った。
「久しぶりに孫が来たから、
パーティでもしたいんじゃない?」
靴箱の上の写真立てには、幼い篝くんが写っていた。
綺麗な顔。
だけど、にこりともしていない。
『パーティって、そんな状況じゃねぇだろ』
「……この家は、三流派とは関係ないから」
深雪さんが右手を左腕に添える。
「じゃあ、昨日のことは何も……?」
「ええ。両親は二人とも見えないの。
私の霊力は祖父からの遺伝」
『そういうのもあるんだな』
「祖父も、私が物心ついた頃には亡くなっていたけれどね」
「……」
見えない家族の中で育ったんだ。
怖くはなかったんだろうか。
——僕には、颯がいたけれど。
「私の話はいいのよ。上がって」
深雪さんが振り返る。
黒いワンピースの裾が揺れた。
「お邪魔します」
靴を脱いで土間から上がった。
深雪さんの後について、
二階へ続く階段を登る。
「かがちゃん、部屋から出てこないの」
『は?飯も食ってねぇの?』
「さっきお昼ご飯、ここに置いておいたんだけれど……」
扉の前で、深雪さんの足が止まった。
「食べてないわね」
深雪さんの足元に、ラップをかけた皿が並んでいた。
ハンバーグに、サラダ。
小さな器には、切った果物まで添えられていた。
「……」
手をつけた様子はない。
「——かがちゃん」
深雪さんが扉をノックする。
乾いた音が廊下に響いた。
……返事がない。
「柊くんと颯くんが来てくれたわよ」
「篝くん」
僕も呼びかけた。
「開けるわよ」
キィ……。
扉が開く。
微かに、お香の匂いが鼻をかすめた。
「……あ」
正面にベッド。
掛け布団の端から、後頭部が覗いている。
『おい、篝』
「……」
窓のカーテンは締め切られていて、
外は晴れているのに真っ暗だ。
パチン。
深雪さんが壁のスイッチを押して電気をつけた。
瞬間、柔らかな明かりが室内を照らした。
淡いベージュと白で統一された家具。
ここが深雪さんの部屋だったんだ。
「私は下にいるわね」
「あ……はい……」
深雪さんが去る。
部屋に、階段を降りる音だけが響いた。
「……篝くん?」
「……」
「あの……突然ごめんね」
やっぱり、返事はない。
だけど寝ているとは思えなかった。
「その……身体は大丈夫?」
「……」
……どうしよう。
『おい柊、あれ』
「え?」
『勉強机の上見ろ』
言われた方を向くと——。
「……母さん?」
コルクボードに貼られた一枚の写真。
白襟のセーラー服を着た母さんが笑っていた。
母さんの隣には、同じ制服を着た深雪さん。
その口角が少しだけ上がっている。
『卒業式か?』
二人とも卒業証書の筒を握りしめ、
もう片方の腕はがっちりと組まれていた。
「……仲良かったんだね」
僕は机に近づいた。
写真を覗き込む。
——そうか。
僕には颯がいたけれど、
深雪さんにも、母さんがいたんだ。
二人で、どんな話をしてたんだろう。
——『……ふふ』
写真の中の深雪さんの笑顔に、
篝くんの笑顔が重なった。
——篝くん。
君にも、笑って欲しい。
その時。
「——柊くん」
「……っ!」
ベッドの方を振り返る。
篝くんは、背を向けたままだった。
「何しに来たの?」
冷たい声。
喉の奥がぎゅっと締まった。
「……話をしたくて」
『……』
「何で?」
「何か……悩んでるんじゃないかって、心配で……」
「……心配、ね」
見えるのは白銀の髪だけで、
篝くんがどんな表情をしてるかわからない。
……こわい。
「僕は、心配されるような人間じゃないよ」
「そんなこと……っ!」
「君だって知ってるだろう」
ドクン。
あの、新聞記事の見出しを思い出す。
——何て返せばいい?
布団が擦れる音がした。
「……っ」
篝くんが、ゆっくりと身体を起こす。
白銀の髪の隙間から、初めて僕を見た。
「僕はね」
その顔には、
何の表情もなかった。
「人を殺してる」
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※次回更新:9月20日12時
三百二十話 タイトル未定




