第三百十七話 譲れないもの
***
柊たちが民宿へ向かって走っていた頃。
二階の客室。縁側。
詠慈はひとり海を眺めながら、スマホを耳元に当てた。
プルルルルル……。
数回のコール音の後——
「もしもーし!」
スマホの向こう側から軽い声が響いた。
「何?久しぶりじゃん!」
「……紺士先生」
「あっ、昨日のこと〜?」
電話の相手は、久世紺士だった。
「……紫乃様に従うことにされたのですか?」
「は?んなわけ⭐︎」
スマホから笑い声が漏れる。
「蒼ちゃんがやりたいって言うからさ」
「だから御影家を?」
「そ。俺にも都合いいし⭐︎」
「結局、紫乃様の望み通りでは?」
「それとこれとは別じゃん?
蒼ちゃんがやりたいって言うから乗ってるだけ〜⭐︎
俺もお前も息子想いだな⭐︎」
「……次は霧島ですか?」
「まあこの流れならそうなるよね⭐︎」
詠慈は窓を少しだけ開いた。
雨の匂いに潮の香りが入り混じって漂う。
「……あなたの要求を飲みましょう」
「どういうこと〜?」
「依頼料の件です。今後、霧島も全て久世家に揃えます」
「……へぇ⭐︎」
「だからもう、争うのはやめましょう」
電話口で、
紺士がタバコに火をつける音がした。
「“揃える”じゃなくてさ〜。
がっちり俺が全部管理したいんだよね〜」
「……信用ありませんか?」
「ないない⭐︎
陰で奉仕活動やられたら意味ないから⭐︎
お前らそういうやつらじゃん⭐︎」
「祓い師は、お金を持つ人だけを救う仕事ではありません」
「じゃあ安い金で、俺ら命張んなきゃいけねぇの?」
「救える命を、金額で選ぶのですか?」
「それだけ俺らは価値があるって話だろ。
祓い師ってちゃんとビジネスなんだよ」
「ですが——」
「身内が死ぬかもしれねぇんだぞ?」
「……」
詠慈は目元に手を当てた。
「お前、綾が何で死んだか知ってんじゃん」
「……っ」
「わり⭐︎追い打ちかけちった」
紺士が煙を吐き出す。
「つーわけで、
今お前ができるのは俺に屈服することのみ!」
「……それはできません」
「じゃ、交渉失敗だな」
詠慈は下唇を噛み締めた。
「つかお前、綾との間にガキいたん?」
「……!」
「俺にくらい話せよ!!恩師だろ!!
あははははははは!!」
「柊をどうするつもりですか?」
「別に⭐︎?楯突くなら遊んでやってもいいけど〜。
ま、ばあさんは許さねぇだろな」
「紫乃様はもうご存知なのですか?」
「さあ?蒼ちゃんが話してたら知ってんじゃね?」
「……時間の問題か」
詠慈は小さく呟いた。
「お前今どこにいるか知らんけど、近々会いに行くわ」
ボォォォー。
海の向こうで、船が汽笛を鳴らす。
「せいぜい磨いとけよ⭐︎」
「……っ!」
詠慈は咄嗟に窓を閉めた。
「俺が見つけてやった、お前の才能⭐︎」
*
柊と颯が去ったあと。
詠慈はひとり、襖を眺めていた。
「……柊」
——「全部、守ります」
——僕の言葉を聞いても、止まらないんだろう。
「……君の息子だもんな」
綾。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月19日12時
第三百十八話 嫌だったけど




