第三百十四話 そっち側
しばらく、部屋に沈黙が流れた。
たった数秒。
なのにひどく長く感じられた。
「……篝くんの居場所は教えてあげる」
詠慈さんは窓の外を見て言った。
「僕も彼が心配だからね」
「……篝くんを危険だと思わないんですか?」
「深雪と狭霧さんの子だよ。
僕はあの子を危険な人間だとは思っていない」
……そうか。
御影家とこの人は、深い縁がある。
奏さんや響さんとも、また違うんだ。
「それに、僕はあの夫婦を信頼してる」
「同級生だったんですよね」
「……深雪に聞いた?」
少しだけ、
部屋の空気が柔らかくなった。
「はい」
「あの頃は、よかったよ」
詠慈さんの口元が緩む。
「三流派は……揉めてなかったんですか?」
「仲は悪かったけどね。今ほどじゃない。
紺士先生も久世家の当主になったばかりだったし」
まただ。
この人たちは、久世紺士のことを“先生”と呼ぶ。
「御影家は狭霧さん。霧島家は僕。
それぞれ次を継ぐ人間も決まっていたから」
『何で“紺士先生”なんだよ?』
僕より先に、颯が尋ねた。
「そこまでは聞いてないんだね」
「……はい」
「紺士先生は、僕と綾、それから深雪の高校時代の先生だったんだよ」
『は!?あいつに教師なんかできんのかよ!?』
僕も同感だ。
失礼かもしれないけれど、
あの人は子どもを導く大人には到底見えない。
「それでも生徒には人気だったよ。
あの人、あんな感じだけど言うことは的を射てるし」
『紫苑みてぇだな』
「それ言うと紫苑さん怒りそうだけど……」
「……紫苑くん」
詠慈さんの声が低くなった。
「三流派の関係が一層悪くなったのは、紫苑くんが生まれてからかな」
「え?」
「彼のせいじゃないよ。大人たちが、久世家に強い力が集まることを恐れたんだ」
紫苑さんは、生まれた時から“天才”として見られていた。
——『天才って、そういうもんだから⭐︎』
また、紫苑さんの笑顔が蘇った。
「紫苑くんが大きくなれば、久世家は三流派を統一しに動くと思ったんだよ」
『何でそれまでは動かなかったんだよ?』
「……均衡が保たれていたから」
なんとなく、
胸がざわついた。
「霧島琴子。彼女がまだ霧島家にいたんだ」
「ミラ……!?」
「常夜ノ会だとそう呼ばれてるみたいだね」
詠慈さんの眉がわずかに動いた。
「……あの人もまた、化け物だ」
『蔦から毒出す女だよな?』
「そう」
篝くんの屋敷で、
あの毒に僕たちはやられた。
「彼女は……僕の叔母にあたる」
『は!?あの女一体何歳なんだよ!?』
あの時は、
三十代くらいに見えたけど……!?
「……もう八十になるんじゃないかな」
「え!?」
『はあ!?』
僕と颯の声が重なった。
「彼女はほとんど共霊したままなんだ。
共霊すると、霊の姿に引っ張られるだろう?
だから若く見えるんだよ」
霊の姿を借りて、
八十歳近い今もあの姿でいるなんて。
……そこまでして、
共霊を続ける理由があるんだろうか。
「今の君たちと同じだね」
「あ……僕たちは……その……」
『今は好きで共霊してんじゃねぇんだよ』
詠慈さんが僕の方を向いた。
「……解けなくなってる?」
「はい……」
「原因は?」
「今、考えてるところです」
「その姿じゃ学校にも行けないだろう」
「……まあ……」
思わず視線を逸らしていた。
「それに、共霊は肉体がひどく疲労するはずだよ」
——言われてみれば。
いつも共霊して戦った後は、どっと疲れていた。
なのに、今はまるで疲れていない。
半日以上、この状態のままなのに。
「一体いつから解けてないの?」
「昨日の……夕方からです……」
「……え?」
詠慈さんが目を丸くした。
「身体は?辛くないの?」
「……特に……」
詠慈さんが息を吐く。
「……やっぱり君も、そっち側なんだな」
「えっと……」
「霧島家が共霊を禁止してるのは知っているよね?」
詠慈さんは目を細めた。
「それだけ危険な術なんだよ」
「わかってます……」
詠慈さんが肩をすくめた。
「綾とも、そこだけはわかり合えなかったな」
「母さん?」
「いや、こっちの話だ」
詠慈さんは懐から一枚のメモ用紙を取り出すと、僕に差し出した。
「これは?」
【雁羽市桜ヶ丘三丁目十二番地七】
達筆な字でそう書かれていた。
「篝くんは、深雪の実家にいるよ」
「……ありがとうございます」
「狭霧さんも一緒のはずだから、共霊についても聞いてくるといい」
詠慈さんが座卓の上の半面に手を伸ばした。
「だけどね」
ゆっくりと半面をつける。
「三流派の戦争には、今後君は関わらないで」
もう、表情はわからなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月16日21時
第三百十五話 タイトル未定




