第三百十三話 思い通りに
「颯くんの言う通りだよ。綾との約束だった」
詠慈さんは天井を見上げた。
「僕が君の父親であることは、墓場まで持っていくつもりだったんだ。
だから、二度と会わないつもりだった」
涙を、堪えているみたいだった。
「本当はずっと、会いたかったよ」
詠慈さんの声が少し掠れた。
視線が、僕に戻る。
「大きくなったね」
「……」
喉の奥が締め付けられた。
会いたかった。
そう言っていいのかは、まだわからない。
「全て、君を守るためだった」
詠慈さんは目元を片手で押さえ、
小さく笑った。
「だけど、君は思い通りに守られてくれないみたいだね」
——守るために。
僕は何も知らされず、封印をかけられていた。
十七年間、
実の父親に捨てられたと思って生きてきた。
それが、生みの親の愛だった。
「どうして自ら危険な方へ行くの?」
詠慈さんの顔から手が離れる。
また、目が合った。
「この先は危険だと、あの時言ったはずだよ」
あの封印は、僕を守ってくれていたのかもしれない。
それでも、
あの夜、再び封印をかけられてから、
僕は颯が見えなくなった。
霊力が使えず、戦えなくなった。
誰も、守れなくなった。
「守りたいんです」
——あなたたちがくれた力で。
「君はまだ子どもだ。
君が背負わなくても、大人に任せればいい」
「頼ってますよ」
全てを背負ってるつもりはない。
周りの大人にも、友達にも、
颯にも、僕は頼っている。
だから、これまで戦ってこられた。
それに。
「僕はもう十七歳です」
母さんを亡くした五年前。
あの時の僕は、
ただ泣くことしかできなかった。
何も知らず、何も選べなかった。
だけど、今は違う。
「僕が、守りたいんです」
僕自身が、そうしたいって思ってる。
守られるだけは嫌なんだ。
「……そうだね」
『あんたが知ってんの、赤ん坊の柊だろ?』
十七年。
子どもが一人育つには、十分に長い時間が過ぎた。
『もう、柊は自分で決めて動けんだよ』
「じゃあ、柊」
詠慈さんが眉をひそめた。
「君は、どうしたいの?」
僕が、どうしたいか。
答えはもうある。
「戦いを止めたいです」
迷わず答えた。
「君は三流派とは関係ないのに?」
「大切な人たちに、傷ついてほしくないんです」
……それに。
「あなたのことも、守りたいと思っています」
詠慈さんの瞳が揺れた。
「それは、
颯くんを元に戻すことには繋がらないと思うよ」
「わかってます」
颯を元に戻したい。
始まりはそうだった。
それは今でも変わってない。
だけど、僕が戦うのは、
もうそれだけじゃないんだ。
「颯は必ず元に戻します」
『兄貴……』
「全部、守ります」
言い切っておいて、
少しだけ違和感がした。
だって昨日、
僕は守ろうとして、何かを間違えた。
——守るって、何だろう。
「だけどね。
僕にも、綾が残した君を守る役目がある」
「僕は守ってほしいなんて思ってません」
「僕だって、子どもの君に守ってもらおうなんて思ってない」
「それでも……っ!」
言いかけて、飲み込んだ。
——『君は優しい。だけど、優しさって、独りよがりになると暴力なんだ』
篝くんの言葉を思い出した。
僕が守りたいって気持ちも、独りよがりなんだろうか。
詠慈さんは、僕を守るために封印をかけた。
僕は、それを嫌だと思った。
じゃあ、僕が誰かを守ろうとすることは——
「……」
わからない。
『……あんたさ』
颯が口を開いた。
『いつかこうなるって、本当はわかってたんじゃねぇの?
柊の封印が解ける可能性くらい、あんたなら考えてただろ』
「……」
詠慈さんは静かに目を伏せた。
『それでも封印かけて、柊と母さんから離れたのは、
覚悟してたからだろ』
「……あ……」
——『本気で殴れんの?』
あの時も、颯は僕にそう言った。
『結果的に柊が傷ついても、自分が嫌われても、それでもやるって決めたんじゃねぇの?』
話し合っても、
同じ答えになるとは限らない。
誰にだって、譲れないものがある。
『同じだろ』
「……同じ」
『柊が守りてぇって思ってんのも、
あんたが柊を守りてぇって思ってんのも。
相手からしたら、勝手かもしんねぇ』
いつの間にか、
雨音は聞こえなくなっていた。
『それでもやるなら、
嫌われるくらいは覚悟しとけってことだろ』
嫌われても。
正しいかわからなくても。
それでも、選ぶ。
「……そうかもしれないね」
いつの間にか、窓の外は明るくなっていた。
「だからこそ、僕は君を戦わせたくない」
——『君を守るためなんだ』
あの夜と、同じ顔だった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月15日21時
第三百十四話 そっち側




