第三百十一話 危険な力
ピンポーン。
九時ちょうど。
インターホンが鳴った。
玄関の扉を開ける。
「お迎えにあがりました」
黒いスーツに身を包んだ初老の男性が、頭を下げた。
「下に車をつけてあります」
「行ってらっしゃーい!!」
奥のお手洗いから、麗子さんが叫んだ。
「……お邪魔しました」
部屋の奥へ向かって、軽く頭を下げる。
「……おえぇ……っ」
光知瑠さんのえづく声を背中に聞きながら、僕と颯は朝倉家を後にした。
*
マンションの下には、
四日前と同じ黒い高級車が停まっていた。
「どうぞ」
男性が後部座席のドアを開くと——
「おはよう」
「響さん!?」
響さんが足を組んで座っていた。
『お前、何でいるんだよ!?』
「わざわざ来てあげたんだけど」
「響さん。今一人で動くのは危険なのでは……?」
「私はそんなに弱くない」
響さんは呆れ顔で、差し出した掌を僕へ向けた。
「早く乗って」
「……失礼します」
そろりと隣の座席へ乗り込んだ。
響さんが腕を組む。
「まさかこんなに早く会うことになるとはね」
「あ……先日はありがとうございました」
「私は何もしてない」
響さんは前を向いたまま話した。
「封印、解けたんでしょ?」
「……聞きました?」
「奏からね。それに見ればわかる」
「え?」
「霊力。前とは別人」
「そうなんですね……」
「だから、詠慈様も会うことにしたんだ」
響さんが呟くみたいに言った。
「……え?」
「いや、何でもない」
響さんは肩に落ちる髪を払った。
「私、前に言ったでしょ?
封印を解いた方が、誰かを傷つけることになるかもしれないって」
——『誰も、傷つけるつもりはありません』
——『守りたいんです』
あの日、自分で言った言葉が蘇る。
「……覚えてます」
それでも、
僕は昨日、紫苑さんを殴った。
「ならいいけど」
握りしめた拳が震えた。
「それにしても、相当不安定だね」
「……不安定ですか?」
「だから共霊が解けないんじゃないの?」
「それは……よくわからなくて……」
共霊が解けなかったのは、
僕が颯を手放せなかったからだと思ってた。
だけど今は違う。
僕は颯を信じてるし、
颯も僕を信じてくれてるはず。
……なぜだろう。
「まあ、突然強い力を手に入れたなら、不安定にもなるか」
「……あ……」
昨日、僕が暴走した時。
また、颯が消えそうで怖かった。
あれも、颯を信じきれていなかったからなんだろうか。
……でも、今は違う。
「颯は、何かわかる?」
『知らねぇよ』
颯だって、何も言わない。
イライラしている感じもない。
……じゃあ、どうして?
「……ちゃんと話さなきゃね」
小さく呟いた。
車がゆっくりと動き始める。
僕たちに、その行き先はわからない。
「あの時の、御影篝もそんな感じだった」
「え?」
「五年前。
彼が守護霊をつけてすぐ、三流派の集まりがあった」
——『五年前の、御影家での特訓の日以来ですね』
——『……あの時は、ごめんね』
篝くんと奏さんの会話と、
気まずい空気を思い出した。
『特訓とかいうやつか?』
「そう。くだらない風習」
響さんが目を細めた。
フロントガラスに落ちる雨を、ワイパーがさらっていく。
「奏、少し不機嫌だったでしょ?」
「……はい」
「私たちは御影篝と仲が良いわけじゃないからね」
『あ?ガキの頃から知ってんじゃねぇのかよ?』
「御影篝は身体が弱くて、特訓以外の集まりに来なかったし、特訓の時もいつも母親と隅にいたから」
……ずっと、輪の外にいたんだ。
幼い篝くんの姿を、勝手に想像してしまった。
「紫苑くんくらいしか、御影篝に声をかけなかった」
「紫苑さん……?」
「勘違いしないように言っておくけど、紫苑くんは御影篝をいびってただけだから」
『最低だな』
「それでも、私も奏も、御影篝は何をするかわからない子だと思ってる」
どこか含みのある言い方だった。
『んでも宵と灯のおかげで出歩けるくらいにはなったんだろ?』
「私は五年前のあの日から会ってない」
冷たい声。
「会いたいとも思わない」
「どうしてですか?」
ようやく、響さんが僕の方を見た。
「あの日」
僕と同じ色の瞳にとらえられる。
「御影篝は訓練場を焼き尽くした」
「え……!?」
「私たちも、三流派の重役もいる中で」
奏さんも響さんも、
前に篝くんの荒れた焔を見ていたんだ。
「狭霧様に何か考えがあったのはわかる。
当時は久世家が力を持ちすぎていたから」
響さんは前を向いた。
「それでも、私と奏は御影篝は何をするかわからない子だと思ってる」
——『凶暴で、支配的⭐︎力でねじ伏せ自分の思い通りにする⭐︎』
「実際に昨日、また暴走したんだって?」
「……」
僕は視線を落とした。
「だから奏も私も、あんたたちが御影篝にこだわるのが理解できない」
雨音が弱まって静まり返った車内に、
響さんの声が落ちた。
「御影篝は、危険」
——『力を持つと、みんなそうなる⭐︎』
「……そんなこと、ないと思います」
そうじゃないって信じたかった。
……僕自身のためにも。
「あんたたちがどう思おうと勝手だけど」
「……」
僕は眉を寄せた。
「今、御影家は久世家側なんだから私は賛同しない」
『じゃあ何でついてきたんだよ』
「忠告したかっただけ」
いつの間にか、道路の標識に【智多市】の文字が見えるようになっていた。
高速道路には乗らないまま、車はさらに南へ走っていく。
……どこまで行くんだろう。
だけど、響さんに聞くことはできなかった。
この先で、
僕の、もう一人の父親が待っている。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月13日15時
第三百十二話 やっと会えたね




