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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
ほどける心音

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第三百十話 家族だもの


「じゃあ俺行くけど〜。何かあったら連絡してよ」


 玄関で、鞄を肩に担ぎながら光流くんが振り返る。


「すぐ飛んでくから!」


「……光流くん」


 僕の背後で、麗子さんがため息をついた。


「二人だけで来いって言われてんだから、アンタは入れてもらえないでしょォ」


「もう!そういう話じゃないの!」


 光流くんが頬を膨らませる。


「とにかく!気をつけてね!!」


「ありがとう」


『はいはい。お前もな』


「行ってきます!!」


「行ってらっしゃい」


 僕は、玄関を出る光流くんに小さく手を振った。


「で?アンタたちはどうやって行くのよ?」


「えっと……」


 振り返る。

 麗子さんは腕を組んで僕を見下ろしていた。


「九時に、霧島家の人が迎えに来てくれるらしいです」


 時刻は八時十五分。

 少しだけ時間に余裕がある。


「そう。じゃ、座って待ってなさい」


 麗子さんがダイニングテーブルの椅子を手で指した。


「コーヒー飲むかしらァ?」

 

 麗子さんがキッチンに立つ。

 麗子さんは電気ポットのスイッチを押して、棚からマグカップを取り出した。


「ありがとうございます」


『完全に自分ちみてぇだな』


「そりゃ、家族だもの」


 麗子さんがさらりと言った。


『そういやお前、晴信とはあれからどうなってんだよ』


 颯もその言葉で思い出したのだろう。


 ハルさん。

 僕たちはあの花火大会以降、顔を見ていない。


「ちょくちょく会ってるわよ。

 明日の体育祭も観に行くって言ってたわ」


『は〜?あいつ瑞峰に縁ねぇだろ』


「……光流くんたちに会いたいんじゃない?」


「そうかもしれないわねェ」


 麗子さんはインスタントコーヒーの粉をスプーンで掬ってマグカップへ落とした。


 ——そういえば。


 麗子さんは、あの頃と変わらない。

 福くんは未練がなくなるほど、少しずつ薄くなっていったのに。


「……麗子さん、霊力変わってないですよね」

 

 ——『ひどく後悔したことがあったはずなのよねェ』


 あの、居酒屋の帰り道。

 光流くんを背負いながら、麗子さんとした会話を思い出す。


「記憶、まだ全部戻ってないんですね?」


「いいえ?大体戻って来たわよ」


『は!?聞いてねぇぞ!?』


「言ってないもの」


 麗子さんはマグカップへ電気ポットの湯を注ぎながら言った。


 コーヒーの香りが鼻をかすめる。


「お砂糖入れるわよね?」


「……多めでお願いします」


「子どもねェ」


 麗子さんが笑う。

 コーヒーをスプーンでかき混ぜる音が響いた。


「で、霊力の話なんだけど」


 麗子さんはマグカップをテーブルへ置くと、

 僕の向かい側の椅子へ腰を下ろした。


「アタシは生前から見える側の人間だったし、元々霊力が強かったのよ」


 そうか。

 生前の霊力の強さも関係するんだった。


「あとね、アタシの未練って晴信のことだけじゃないみたい」


「え?」


 マグカップに手を添えた。

 じんわりと熱が伝わってくる。


 麗子さんがテーブルに頬杖をついた。


「……アンタたち、親が再婚するって聞いた時、どう思った?」


 僕たちの話?


 ——『今日から、私たちは家族だよ』


 あの時は、単純に。


「……嬉しかったです」


 家族が増えることも、

 颯が兄弟になることも。


「颯は?」


『同じだよ』


 麗子さんの問いに、颯がぶっきらぼうに答えた。


「そうよねェ。喜ばしいことなのよねェ」


 麗子さんがマグカップに口をつける。


「じゃあ、今のアンタたちの父親が再婚することになったら?」


「父さんが?」


 そんなの、考えたこともなかった。


「……驚くかもです」


 もしそうなったら、

 “寂しい”って思ってしまうかもしれない。

 

 父さんが、

 母さんのことを忘れたわけじゃなくても。


『そりゃいなくなった方の親のこと覚えてたら、いろいろ感じるだろ』


 確かに。

 僕も颯も、物心つく前から片親だった。


 だから父さんと母さんが再婚した時、

 詠慈さんのことなんて全く考えなかった。


 そもそも知らなかったし。


『で、何が言いてぇんだよ』


「……」


 麗子さんがマグカップを置いた。


「晴信の母親、再婚するらしいのよ」


「ハルさんのお母さん……?」


「そう。アタシの嫁ね。

 アタシはもう死んでるし、再婚してもらって全然いいんだけど」


 麗子さんはどこか遠いところを見ながら話した。


「晴信は納得できないみたいなのよ」


「あ……」


 ——『だって私、パパのこと大好きだったもん』


「“私の父親は、パパしかいないから”って言ってくれたわ」


 ……ハルさん。


「アタシにまた会っちゃったせいで、余計に晴信が母親の再婚を受け入れられなくなってるんじゃないかとも思うのよ」


『はあ?』


「会わない方が、よかったのかもしれないわね」


 ——『ずっと、会いたかったから』


 いや。

 ハルさんだって、ずっと麗子さんのことを探してた。


「それはないと思います」


 麗子さんが僕を見た。


「……ありがとね」


 弱々しい声だった。


『それでまた未練感じちゃってるってことかよ』


「わからないわァ。

 アタシさっき、“再婚してもらって全然いい”って言ったじゃなァい?」


「はい……」


「頭ではわかってるのよね」


 麗子さんがテーブルの上に肘をつく。

 両手の指を絡め、額を押し当てた。


「なのに、スッキリしないのよ」


「……奥さんのことですか?」


「ええ。嫌いになって別れたわけじゃないからねェ」


 確かハルさんは、

 “パパはママに追い出された”って言ってた。


「……あの人のことも、晴信のことも。

 まだ何か引っかかってるのよねェ」


 ——『パパ、本当はママにも会いたいんじゃないかな』


 ああ。

 そうだよな。


『なら嫁に会いに行けばいいだろ』


「無理よ。あの人、見えないもの」


「霊力を介せば、少しは見えるんじゃないですか?」


 ——まなちゃんの時みたいに。


「そうかもしれないけどねェ……」


『会うのが怖ぇってことか』


「……」


 麗子さんは何も答えなかった。


 静まり返ったダイニングに、

 窓の外から雨音が聞こえる。


「……アンタたち、これから柊の実の親に会うんでしょ?」


「はい」

 

 麗子さんが、少しだけ目を伏せた。


「アタシね。

 今になって、ちょっとだけわかった気がするのよ」


「……?」


「自分が一緒にいたかった家族が、他の誰かと家族になるのって」


 麗子さんが小さく息を吐いた。


「結構、キツいわよ」


「……」


 ——『和音の……父親ですよ』


 今でも、少しだけ痛い。


「アンタの実の父親も、そうだったんじゃないかしらねェ」



読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:9月13日12時

第三百十一話 危険な力

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