第三百六話 隠し事
車が高速道路の出口へ向かう。
見慣れた街並み。
もうすぐ、光流くんの家に着く。
——『……十七年間、気づかなかっただなんて』
本当に、僕の存在はずっと隠されていたんだ。
詠慈さんも、斎賀先生も、
家族にさえ何も話していなかった。
「鈴子さんは、詠慈さんと母さん……
僕の両親のことを知っているんですよね?」
気づけば、そんなことを尋ねていた。
「ええ。昔のね」
鈴子さんはルームミラー越しに僕を見る。
「響ちゃんから、あなたの封印のことも聞いていたわ。
もう解けたのね」
「……はい」
「そう」
右折を知らせるウィンカーの音が車内に響いた。
「聞きたいことがあるのよね?」
信号が青に変わる。
話せる時間は、あと少し。
「母さんは、どんな人でしたか?」
「……そうね」
僕と鈴子さんの会話に、
全員が静かに耳を傾けていた。
「真っ直ぐな、川みたいな子だったわ」
「……え?」
「……ふっ」
微かに、鈴子さんの笑い声が漏れる。
「どんどん前に進んで行くの。
周りの人も、霊も、みんな一緒に連れてね」
——『柊!颯!行くよ!』
母さんの明るい笑顔が思い出された。
『……母さんらしいな』
「……うん」
「幼い頃、詠慈はよく綾ちゃんに手を引かれてた」
鈴子さんの声が、少し柔らかくなる。
「蓮太郎たちも、そうだったかもしれないわね」
「……たち?」
助手席の奏さんも、わずかに顔を上げた。
『次の信号で左方向です』
カーナビの音声案内に遮られた。
鈴子さんがハンドルを左に切る。
「少なくとも蓮太郎は、
綾ちゃんの考えに影響を受けていたと思うわ」
「……母さんの考えって……?」
『間もなく、目的地に到着します』
光流くんの家、
スナックHIKARIのネオン看板が見えた。
「あ!そこで止めてください!」
光流くんが路肩を指差した。
車がゆっくり減速して止まる。
……タイムリミットだ。
「柊くん」
鈴子さんが振り返った。
「綾ちゃんって、どうして亡くなったの?」
「え……!?」
斎賀先生、
鈴子さんにも話していないんだ。
——五年前の、あの山のこと。
『山で、事故に遭ったんだよ』
僕の代わりに颯が答えた。
「……そう」
——『綾ちゃんが亡くなったあの事故は、霊害によるものよ』
あの事故で、
母さんが成仏したのかどうか。
真相は、僕たちだって知らない。
「綾ちゃんが御影家を出てから七年後、
蓮太郎の高校で教師をしていることを知ったわ」
鈴子さんは前を向き、ハンドルの上で指を組んだ。
「私は、それしか知らなかったのよ」
フロントガラスに、
大きな雨粒が落ちて流れた。
「……ありがとうございました」
僕は頭を下げた。
「ありがとうございます!」
光流くんがお礼を言って後部座席のドアを開く。
「ごめん!傘ないから走ろ!」
「……うん」
「奏ちゃん!また連絡する!」
光流くんが助手席へ声を掛ける。
土砂降りの雨の中、
僕たちは光流くんのマンションへ走った。
***
遡ること、およそ一時間。
御影本家の外壁の向こう。
一際高く伸びた木の上から、
水浸しになった庭園を見下ろす影があった。
「紫乃の孫が力を失った」
——常夜ノ会の、ミラだ。
「それに」
ミラは真っ赤な唇に指を添えた。
「詠慈に隠し子がおったとは」
口元が歪に緩む。
「……そういうことか」
ミラは振り返って空を仰いだ。
「となれば」
その目が、すっと細くなる。
「……あの男は、一体どこまで知っておったんじゃ」
暗い空から雨が降り注ぐ。
水滴がミラの頰を伝った。
「わしに隠し事など、許せんな」
ミラは水滴を手で乱暴に拭った。
「面白くなってきたわ」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月10日21時
第三百七話 優先順位




