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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
離れられない心音

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第三百五話 自分で決める


「このまま光流くんの家でいいのよね?」


「はい!」


 鈴子さんの問いに光流くんが元気よく答えた。


「わかったわ」


 車が真夜中の高速道路を走り抜ける。


 雨に濡れた路面へ、テールランプの赤が滲んでいた。

 タイヤが水を弾く音が、低く車内に響く。


 すれ違う車から漏れる重低音。

 追い越し車線を、低い車体が水しぶきを上げながら駆け抜けていく。


 週末の道路は、少しだけ騒がしい。


「……」


 僕は目線を上げてルームミラーを覗いた。

 

 鈴子さん——斎賀先生のお母さん。


 先生のお母さんにしては、

 随分と若く見える。


 この人は、先生と母さんの過去について、

 どこまで知っているのだろうか。


 それだけじゃない。


 この人は、霧島詠慈の姉。

 つまり、僕の叔母だ。


「奏ちゃんの家はこれからどうするの?」


 鈴子さんが尋ねた。


「分家なので、“大丈夫だ”と父は言っていたのですが、

 詠慈様から“何かあってはいけないから”と指示があって」


「詠慈さん……」

 

 どうしても、その名前には反応してしまう。


 あの人は、無事なんだろうか。


「私たちもしばらく、別の場所で過ごすことになりそうです」


「そうなのね」


『柊』


「え?」


『今は大丈夫だろ』


 颯は僕の不安を読み取ったみたいだった。


「……うん」


『ちゃんとあいつら備えてるよ』


 それでも、不安は消えない。


 次に狙われるのは、

 あの人なのだから。


 拳を握りしめた。

 

「で、別の場所って?」


「籠屋市内ではありませんが、

 学校に通えないほど遠い場所ではないそうです」


 光流くんの問いに奏さんが答えた。


「これからそこへ帰るのねェ」


『じゃあお前、光流んちには来ねぇのか?』


「はい。

 うちには祖父母も、幼い弟たちもいるので心配ですし……」


「奏ちゃん弟いたんだ〜!」


 そうだったんだ。

 僕も知らなかった。


「じゃ、奏ちゃんと別れる前に決めよ!」


 光流くんが指を鳴らした。

 

「これから、俺らがどうするか!」


「……これから……」


 ——僕たちが、どうするか?


「久世家は次、霧島家を狙ってるわけでしょ?」


「私は久世家が攻めて来たら戦いますよ」


 奏さんがきっぱりと答えた。


「だけど、光流くんと麗子さんは三流派と関係ありませんから……」


「でも久世が常夜と繋がってるなら、放っておけなくない?」


 光流くんが笑う。


「俺は霧島家と一緒に戦うよ」


「アタシはもちろん光流と一緒よォ」


「……柊くんと颯くんはどうしますか?」


 もちろん、僕たちも。


「僕たちは——」


「でも、御影家は今後久世家に従うんですよね?」


 答える前に、奏さんの言葉が被さった。


「狭霧さんや篝くんたちと、戦うことになるかもしれませんよ」


「……っ!」


「それと、柊くん。

 あなたは、やっぱり御影家の人間だったんですか?」


「……あ……」


 ——『綾はね。私の、妹なんだ』


 みんなに、

 話さなきゃ。


「……母さんが、狭霧さんの妹だった」


「……え?」


 運転席で鈴子さんの肩がわずかに揺れた。


「んじゃ、柊は篝くんの従兄弟ってこと〜!?」


「……うん」


「あなた」


 鈴子さんの声がわずかに低くなる。


「綾ちゃんの息子なのね?」


「……はい」


「あっ!この話ってしちゃまずかった!?」


 光流くんが慌てて両手で口を覆った。


「大丈夫です。鈴子さんには、私と響から柊くんと詠慈様のことは話してありますから」


「……綾ちゃんのことまでは聞いてなかったけどね」

 

 鈴子さんがルームミラー越しに僕を見た。

 その眉尻が、わずかに下がる。


「……十七年間、気づかなかっただなんて」


 その時、


『あのさぁ!』


 僕の中から颯の声が響いた。


『柊は、白瀬柊だから!』


「……あ」

 

『御影でも霧島でもねぇし!白瀬家の人間だよ!』


 その言葉に、

 胸の奥が熱くなった。


『だから、家とか関係ねぇし!

 お前が好きに決めりゃいいんだよ!』


「……颯」


 僕が、決めればいい。


「僕は……」


 狭霧さん。

 紫苑さん。


 ——篝くん。


 もう、

 誰も傷つけたくない。


「戦いを止めたい」


 雨粒が、窓を細かく叩いていた。


「だったら、話してみる?」


「誰とですか?」


「紺士に」


 ドクン。


 久世紺士の笑顔が蘇る。


「あなたの話なら聞くんじゃない?」


「……僕……?」


「あの人は、詠慈と綾ちゃんをよく知ってるから」


『どういうことだよ?』


「昔の話よ。紺士は、人の話を聞かないわけじゃない」


「え……?」


「聞いた上で、自分の好きにするだけ」


「何だそりゃ!!

 てか鈴子さん、紺士さんのこと知ってるんですか?」


 光流くんが運転席の背もたれを掴んで、鈴子さんの顔を覗き込んだ。


「光流くん。

 鈴子さんは、紺士様とは幼い頃からのお知り合いです」


「私は若い時に霧島家を出てるから、わからないことも多いけど。

 とにかく、紺士と話してみる価値はあるんじゃない?」


「僕が……?」


 久世紺士と、話をする?


 ——できるのか?

 

『おい、俺もいる』


「俺も俺も〜!

 戦わなくていいなら、それが一番だもんな!」


「アタシもやるわよォ」


 そうだ。

 僕だけじゃない。


「……柊くん」


 奏さんが僕を呼んだ。


「私は、無謀だと思いますよ。

 まともに話を聞いてくれる方ではないと思います」


「……そうだよね」


『んなもん、やってみなきゃわかんねぇだろ!』


「ですが!」


 奏さんの声に、思わず肩が跳ねた。


「どうやって話をするか、私も一緒に考えます」


 優しくて、力強い声だった。


「……詠慈にも話してみるといいわ」


「あ……」


「詠慈も、争いを嫌う子だったの」


「……そう、なんですね」


 ——僕は、あの人に似てるのだろうか。


 ヘッドライトの先、

 雨に濡れた標識に“瑞峰区”の文字が浮かび上がった。

 

読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:9月9日21時

第三百六話 隠し事

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