第三百四話 理由の一つ
「えーっと、つまり?」
帰りの車内で、光流くんが眉間に指を当てた。
フロントガラスを、雨粒が絶え間なく流れている。
「久世が御影を襲って、紫苑さんもいた。
柊たちと戦ったあと篝くんが暴走して——」
「紫苑さんが禁式で止めた」
「そう、それ!情報多すぎ!!」
「アンタ声でかいわよォ」
「結局、紫苑さんは久世側なの!?」
「紫苑が禁式を使ったのは、御影家が降参した後なんでしょォ?」
僕の左隣で、麗子さんが腕を組んだ。
「少なくとも、久世家のために禁式を使ったわけではなさそうよねェ」
「これ以上被害を広げないために、篝くんを止めたんじゃないでしょうか」
助手席に座る奏さんが振り返った。
目が合う。
「……わからない」
僕は視線を落とした。
紫苑さんの目的の一つはそうだろう。
でも、それだけのために、
禁式を使ったのだろうか?
自分の力を、失ってまで。
それに……。
「久世蒼嶺も、久世紺士も、
倒れた紫苑さんを置いていきました」
最後まで、
紫苑さんを支えていたのは狛さんだった。
『狛さん、紫苑を守ってたよな』
「……うん」
颯の言う通り。
それだけは、確かだ。
「奏ちゃん」
光流くんが、助手席と運転席の間へ身を乗り出す。
「レプリカ拳銃作ったのは狠くんで、久世蒼嶺の指示だったわけじゃん?
狛さんは狠くんを庇ってたんだよね」
「はい。狠くんが自白したので、狛さんが動けるようになったのだと思います」
『でもそれなら、最初から“久世の指示です”って言えば良かっただろ?』
「……言えなかったんだと思いますよ」
奏さんの声が少し沈んだ。
「東雲家は、久世を守る家ですから」
「でもさ、あの東雲警部が家のしがらみで自分の子どもを犠牲にするかな?」
光流くんが麗子さんを見る。
「それもそうよねェ」
「……仮に東雲家が警察に本当のことを話したとしても」
それまで何も言わなかった鈴子さんが、
ようやく口を開いた。
「久世家なら、どうとでもできるかもしれないわね」
『はぁ!?警察にも顔利くのかよ!?』
「久世家は三流派のどこよりも警察との繋がりが強いの」
鈴子さんの声は、
どことなく斎賀先生に似ていた。
『んだそれ!
久世は、東雲家がどうなってもいいのかよ!
ずっと守ってくれてた家なんだろ!?』
「少なくとも、今の久世家にとっては、そんなことは重要じゃないんでしょう」
奏さんが目を伏せる。
「……あの人以外は」
——紫苑さん。
あの人は、
狛さんを放っておくなんてしない。
「そうだよね」
光流くんの声が低くなる。
「俺思ったんだけど、
紫苑さんさ、久世家と交渉したんじゃない?」
「……交渉?」
僕は眉を寄せた。
「例えばだけど〜」
光流くんが振り返って僕を見る。
「“自分が久世につくから、東雲家の疑いを晴らして”とか?」
「あ……」
——『紫苑は今も狛を守っていますよ』
そういうことか。
『でもあいつら紫苑のこと置いてったぞ』
……“置いていった”と言うより。
「……もう、いらなくなったんじゃないかな」
気づけば口にしていた。
「紫苑さんは……。
禁式を使った後、霊力が削られてた」
「すごく消耗してたってこと?」
光流くんが首を傾げる。
「いや……。消耗したって感じじゃなかった」
——『半分くらい削れたか』
あの時、久世紺士はそう言ってた。
「紫苑さんの持ってた霊力そのものが、
半分くらいなくなったって感じだった」
多分、もう前と同じじゃない。
「……そんなことってあるの?」
光流くんが麗子さんを見る。
麗子さんは肩をすくめた。
「わからないわァ。
もし本当にそうなら、柊の言う通り、
久世家はもう紫苑のこと必要ないのかもしれないわねェ」
「……」
車内に沈黙が流れた。
聞こえるのは、一定の間隔で動くワイパーの音と、
窓を細かく叩く雨音だけ。
「……紫苑さんが交渉したんじゃなくて、久世家が紫苑さんを脅してたのかもしれませんね」
沈黙を破ったのは、奏さんだった。
「“東雲家の疑いを晴らしたかったら、久世側につけ”とか?
警察にも影響力あるなら、まああり得るか」
「紫苑さんは狛さんを助けるために久世家についたのかもしれませんね」
光流くんと奏さんの会話を、
僕は黙って聞いていた。
久世家は、紫苑さんの力が欲しかった。
紫苑さんは、
狛さんを守るために久世家についたのかもしれない。
そして、
禁式を使って力を失った。
「……あ」
久世家は紫苑さんが必要なくなった。
それなら。
「紫苑さんは、もう狙われない……?」
僕は顔を上げて言った。
「……確かに」
光流くんは背もたれに背中をつけると、
隣の僕を見た。
「久世家が東雲家のことで紫苑さんを揺する必要も、
これでなくなったのかもね」
やっぱり。
それも、紫苑さんの目的の一つだったのではないだろうか。
ワイパーが、また雨粒を拭っていく。
その向こうに、高速道路の入口を示す標識が見えた。
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※次回更新:9月8日21時
第三百五話 自分で決める




