第三百二話 自分のために
Side:狛
俺は間に合った。
だが、結局。
紫苑は三回目の禁式を使ってしまった。
止められなかった。
「お前、相当愛されてんだね⭐︎」
軒先にしゃがみ込んだ紺士様が、
振り返って俺を見た。
「婆さん、紫苑ちゃんのこと脅してたらしいよ〜」
「紫乃様が……?」
「久世につかないなら、お前のこと潰すって⭐︎」
——やはり。
俺のことが、理由の一つだった。
篝を止めるためでもあったはずだ。
でも。
紫苑が三度目の禁式を選んだ理由は、
それだけなのだろうか。
「うちって性格悪ぃやつばっかりだな!あははははは!!」
雨音に混じって、紺士様の笑い声が響いた。
「どうせ禁式使うなら、婆さんのこと潰せばよかったのに⭐︎」
「……紫苑はそんなことしないでしょう」
紫苑は紫乃様への恩を忘れていない。
それに。
「それこそあなたの思う壺だ」
「まあね⭐︎」
紺士様が結った髪を解く。
毛先から水滴が滴った。
「紫苑ちゃん別にうちのこと潰したいわけじゃねぇもんなぁ」
紺士様は指先でヘアゴムをいじりながら話した。
「そうだろ?」
「……」
理由はわかる。
紫苑は、久世だけを壊すことなんてできない。
久世の傍には、ずっと東雲がいるから。
だけど、口にはできなかった。
俺は視線を落とした。
俺の腕の中で紫苑の髪が雨に濡れている。
濡れて癖のなくなった直毛が、五年前の姿を思い出させた。
……あの頃から。
紫苑は、俺のために何度も無茶をした。
「お前さ、お前のために紫苑ちゃんが禁式使ったとか傲慢なこと思ってる?」
その言葉に、思わず顔を上げた。
「どう見ても自分のためだろ?」
「は……!?」
「天才って自由だよな〜⭐︎」
紺士様は上半分の髪を結び直していた。
「単純に俺らと縁切りたかっただけっしょ?
紫苑ちゃんは自分が抜けた後のパワーバランス、気にしてたかもしれんけど」
紺士様が目を細めて笑う。
「次が見つかったから、押しつけて終わり⭐︎」
「……次って」
——柊のことか?
「……それだけではないと思います」
「俺にはそう見えるけどね⭐︎
あいつだって久世の子だし。
自分が楽になるためなら、そのくらいやるっしょ⭐︎」
紺士様が腰を上げる。
「俺なら、いくら婆さんがウザくても才能まで捨てたくねぇけどなぁ」
紺士様は俺を指差して笑った。
「よっぽど楽しかったんだな⭐︎モラトリアム!」
俺は紫苑を見た。
何故だろう。
痛々しい姿なのに、
口元が笑っているように見えた。
「……紺士様は」
「あ?」
「なぜ、三流派を統一したいのですか?」
「邪魔じゃん。御影も霧島も」
紺士様はあっけらかんと答えた。
「お前って確か頭いいんだろ?
トラスト組んだ方が儲かるって話な。
勝手に安く受けられると祓い師の市場価値下がんだよ」
「……金の話ですか?」
「それ以外ねぇだろ」
——根本的に違うんだ。
蒼嶺様は、こんなにも違う人たちを一つにまとめたいのか。
こんなことまでして。
「何やってもどうせ一般のやつらには見えてねぇし、
無駄な話し合いしなくていいのは助かるよな⭐︎」
紺士様が屋根から飛び降りる。
その先は、柊たちのいる中庭とは反対方向だった。
「そう言えばさ〜、昔、
“俺ら危険な仕事してんのに儲からないのおかしいよな”って話したら、“じゃあ人類全員見えるようにして、霊害が生まれないようにすればいい”って言ってきたやついたなぁ」
「え……?」
「それじゃ商売になんねぇっつーの!あはははははは!!」
紺士様は俺に背を向けたまま、
親指で中庭の方を指した。
「あいつの親な⭐︎」
あいつの親。
——柊の、親?
「じゃ、俺早く風呂入りてぇから帰るわ!」
紺士様が振り返る。
「でもよ」
青い瞳と目が合った。
「お前は、うちの傘下なの忘れんなよ」
東雲は、久世を守る家。
そして久世の当主は、この人だ。
それでも。
俺が守るものは、もう決めている。
紫苑を抱える腕に力を込めた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月6日15時
第三百三話 帰る場所




