第三百一話 Episode:狛【何を守る】
一週間。
紫苑からも蒼嶺様からも連絡はない。
変わったのは、
狠が俺を一層避けるようになったことだけ。
それでも、
蒼嶺様は何か動いてくれているはずだ。
きっと、すぐにはいかない事情があるのだろう。
八月十五日。深夜。
三岳警部補から父さんに連絡があった。
柊たちが港区の花火大会で常夜と交戦し、
病院に運ばれたとのことだった。
常夜の霧島響は、明日警察に保護されるらしい。
紫苑の話は出なかった。
常夜は動いている。
みんな無事なのだろうか。
俺も早く柊たちのところへ行かないと。
二週間。
変わらず連絡はない。
こちらから蒼嶺様に連絡すべきか?
いや、でも蒼嶺様は確かに“考えておく”と言った。
……“考えておく”?
考えて、何もしないことを決めた?
——『紫苑の力が必要だ』
あの時、
蒼嶺様は“紫苑”ではなく“紫苑の力”と言った。
それに、あの笑い方。
何かおかしい。
数日前、スマホは返却された。
すぐに紫苑へ連絡した。
だけど、返事はなかった。
久世家へも電話をかけた。
蒼嶺様どころか、誰も電話に出なかった。
もし、蒼嶺様が何もしていないとするなら、
紫苑は何かしているはずだ。
俺と、東雲家のために。
三週間。
何も変わらない。
さすがに時間がかかりすぎている。
俺の中で、
疑惑はほとんど確信に変わっていた。
俺と話をした後——
蒼嶺様は何もしなかったんだ。
蒼嶺様のあの目は、昔と同じだった。
だけど、
もう同じ人ではなかったようだ。
それならば——
「……紫苑……」
あいつは確実に動いている。
だから連絡がつかないんだ。
俺が、蒼嶺様を説得できなかったから。
結局また、あいつがひとりで背負ってる。
あいつは何をするかわからない……!
「……ダメだ……!」
俺も行かないと。
だけど、疑いがかけられている以上、
勝手に動くことはできない。
ダイニングテーブルに顔を埋めた。
「兄さん……」
顔を上げると、狠が立っていた。
「……大丈夫?」
狠の瞳は、潤んでいた。
「ああ。心配ない。
それより、お前の方はどうだ?」
“受験勉強は?”
そう、聞きかけてやめた。
「……お前の好きな高校を選べよ」
警察官になる道は、一つじゃない。
狠の才能を活かせる道だってある。
「今度の金曜日。九月三日。
瑞峰学園の文化祭に行ってくるよ」
「瑞峰?」
柊たちの学校か。
狠は七月にも体験入学に行っていたな。
あの時も、俺は入院中で付き添えなかった。
「伊吹さんがついて来てくれる」
「そうか」
伊吹は時々連絡をくれていた。
だから柊たちに何が起こっていたのか、
俺もざっくりとだが把握することができた。
柊に封印がかけられ、颯が見えなくなったこと。
封印を解く方法を探していること。
柊の実父は霧島家の人間かもしれないこと。
やっぱり、
柊は三流派に関わりのある人間だったようだ。
紫苑はいつから、どこまで気づいていたのだろう。
「紫苑は?」
『誰も連絡つかなくて。ボクもよくわかんないんだよね。
ごめん』
「……そうか」
『でも大丈夫だよ!』
「ああ」
どんな話をしても伊吹は必ず、
『大丈夫!心配しないで!』
と最後に付け加えていた。
明るすぎる声だった。
伊吹自身の不安も吹き飛ばしたいみたいに聞こえた。
多分、拳銃の件について、
伊吹は狠の関与に気づいている。
それでも俺には何も言わなかった。
「狠」
俺は狠に笑いかけた。
「どうだったか、また教えてくれ」
「……うん」
良かった。
狠はちゃんと、前に進めている。
それでも、俺はまだここから動けない。
久世家に乗り込むか?
いや、俺が勝手に久世家と東雲家の関係を崩すことはできない。
——もどかしい。
どうしようもできないまま、
九月三日を迎えた。
「狠。気をつけてな」
「うん」
「本当のことはみんなに話すなよ」
「……わかってる」
狠は学校から帰ってくるとすぐ、
瑞峰の文化祭へ出かけて行った。
この時、
なんとなく嫌な予感はしていたんだ。
夕方。
父さんから連絡が来た。
『狠が自白した』
「……は!?狠は!?」
『大丈夫だ。今、警察で話を聞いている』
「何があったんだ!?」
『文化祭で色々あったらしい。
紫苑くんや葵さんも来ていたそうだ。
詳しくは帰ってから話すよ』
それだけ言って、電話は切れた。
冷静でいられるわけがなかった。
十一時過ぎ。
スマホが鳴った。
『狛、すぐ出られるか』
父さんだった。
『狠の聞き取りはもう終わった。
さっき母さんに迎えを頼んだ』
「何かあった?」
『御影本家が襲われている。柊くんたちも一緒だ』
「常夜か!?」
『……違う』
父さんの声が低くなる。
『久世家だ。蒼嶺くんと紫苑くんもいる』
紫苑……!!
外から、短くクラクションが鳴った。
慌てて玄関へ向かう。
「狛、行くぞ!」
俺は父さんの車に乗り込んだ。
向かう先は、御影本家。
戦っているのは、御影と久世。
常夜は関係ない。
父さんは、
どっちにつくつもりなのだろう。
——俺は?
車は高速道路を飛ぶように走った。
やがて、街灯もまばらな山道へ入る。
奥崎市、山中。
「父さん、ここで降ろして」
「まだ本家まで距離があるぞ」
「車で行くより速い」
車が路肩に止まる。
今度こそ。
手遅れになる前に。
ピィーッ!!
指笛を吹いた。
黒狼が現れる。
黒狼は漆黒の光に変わり、
俺の胸へと突き刺さった。
ドクン!
心音が二つ、重なった。
助手席のドアを開き、
身体を半分乗り出したその時。
「狛!!」
父さんが叫んだ。
「お前は……」
振り返る。
父さんは、真っ直ぐ俺を見ていた。
「何を守りたい?」
——そんなこと。
「俺は」
御影とか久世とか東雲とか。
俺にとっては、そんなものは苗字にすぎない。
「友達を守りたい」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月6日12時
第三百二話 自分のために




