第三百話 Episode:狛【同じじゃない】
翌日、八月五日。
退院する直前に、警察が病室に来た。
うちに帰ってからだと思っていたから、少し驚いた。
四時半に紫苑の病室へ行く約束をしていたが、
行けなくなってしまった。
……後で連絡しないと。
警察署での事情聴取は長かった。
「拳銃を作ったのはあなたですか?」
「……否定しません」
“やった”とは言わない。
ただ否定はしなかった。
三日後、八月八日。
証拠不十分で帰宅することになった。
ただし自由に過ごせるわけではない。
スマホは押収されている。
河川敷へ行くこともできない。
紫苑はきっともう知っている。
だけど何も連絡がなかった。
東雲家は疑われたまま。
だから、紫苑が俺のことで何か久世家と取引きをしたわけではないのだろう。
……今はまだ。
「蒼嶺くんが来てる」
帰宅してすぐ、父さんが俺に言った。
「リビングで待って貰ってるよ」
——蒼嶺様の方から来た。
「狠は今母さんが予備校に送りに行ってる。
母さん、帰りに買い物してくるそうだから」
家には俺と父さん、そして蒼嶺様の三人だけ。
「父さん仕事してるから。何かあったら呼んで」
そう言って父さんは奥の書斎へ入った。
玄関からリビングへ向かう。
すぐに、
あの青髪と浅葱色の着物が見えた。
「蒼嶺様」
カチャ。
ソファに腰掛けた蒼嶺様が、ティーカップをテーブルへ置く。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「狛。久しぶり」
……五年振りだ。
同じ髪型、同じ声。
上品な佇まいも、意志の強い瞳も同じ。
「お待たせしてすみません」
俺は急いで向かいのソファへ腰を下ろした。
「いや。大変だったね」
“大変”、か。
「……まあ、はい」
俺は眉をひそめた。
「俺に話があったんだろ?」
蒼嶺様の口元がわずかに上がった。
……こんな笑い方だっただろうか。
「狠から聞きました」
「何って?」
「蒼嶺様の指示だったと」
「そう」
蒼嶺様はティーカップを持ち上げ、静かに口につけた。
「……狠を利用したんですか?」
「利用したつもりはないよ。あの子には才能があるから」
蒼嶺様が視線を上げて俺を見た。
「これまで、あまり評価されてこなかったみたいだけどね」
「……っ……」
俺たち家族は、狠が“機械好き”だとはよく知っている。
だけどそれを褒めたことがあっただろうか。
それよりも、勉強のことばかり言っていた気がする。
俺と比べて、得意じゃなかったから。
「完璧な仕事だったよ。まだ中学生なのにね」
だとしても……。
「なのに、どうして常夜がその拳銃を持ってるんですか?
久世の新しい霊具にするつもりだったんですよね?」
「さあ?どうしてだろうね?」
しらばっくれるのか。
窓の外、蝉の鳴き声がやけにうるさい。
「父さんは捜査から外されました」
「それは気の毒だね」
「何が目的ですか?」
「……俺?」
蒼嶺様がティーカップを置いた。
「紫苑を久世に戻すためですか?」
「そうだね。紫苑の力が必要だ」
——やっぱり。
「……紫苑は何て言ってました?」
「俺は紫苑と話してないよ。
ただ、“態度で示す”とお婆様には言っていたらしい」
「“態度で示す”?」
「“一番大物を狙う”と」
蒼嶺様が笑った。
どこか紺士様を思わせる笑顔だった。
「御影家のことかな?」
「……どうでしょう」
違う。
——『魂繋ぎ止めるとか、どんな力だよ⭐︎』
紫苑が大物だと思ってるのは、
篝じゃない。
だけどそれを教える必要もない。
「紫苑を連れ戻して何をする気ですか?」
「……俺はね」
蝉の鳴き声が止んだ。
「久世家を一つにまとめたいんだ」
「……あ」
あの日、久世家の訓練場で。
——『久世家が、まとまるといいですね』
——『うん。俺もそう思う』
そんな話をした。
……同じだ。
「……それで、どうして常夜と組む必要があるんですか?
御影や霧島まで狙って」
「久世家は、割れてる」
また蝉が鳴き始める。
「だけど三流派を統一したいのは、お婆様も父さんも同じだ」
それでも、
その声だけははっきりと届いた。
「同じところを向けるんだ」
「……なるほど」
「常夜とは、目的が重なる間だけだよ。
必要がなくなれば、そこで終わる」
この人は、こんな風に考える人だっただろうか。
「こんなやり方をしなくても、そう紫苑に話せばいいのでは?」
「話して紫苑が協力してくれると思う?」
「……」
言い返せなかった。
——『話すだけ損だ』
俺だって、五年前と同じじゃない。
それでも。
「久世家をまとめる方法は、他にもあるはずです」
御影や霧島と敵対しなくたって。
力で、どうにかしなくたって。
「俺も一緒に考えます」
俺は蒼嶺様を真っ直ぐ捉えた。
「そのために紫苑の力が必要なら、本人に頼めばいい。
その時は、俺も一緒に話します」
——『強くなりたいんだよね』
俺もずっと、
あなたと同じだったから。
「あなたの力になります」
蒼嶺様の瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
「拳銃の件、収めてもらえませんか?
このままだと俺は動けません」
「……そうだね」
「……っ」
その言葉に、肩の力が抜けた。
「考えておくよ」
昔と変わらないように見える眼差し。
少なくとも、話は通じた。
そう思った。
やっぱり、昔の蒼嶺様はまだ残っている。
だから蒼嶺様の言葉を信じてこの日は別れた。
だけど、
どれだけ待っても東雲家の疑いは晴れなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月5日15時
第三百一話 Episode:狛【何を守る】




