第二百九十八話 Episode:狛【もう一度】
穏やかな日々は終わった。
霊害をばら撒いていたのは、
常夜ノ会という新しい組織だった。
三流派以外の勢力。
しかも過激な思想の組織。
それでも、
久世家の仕業でないと知って安心した自分もいた。
「逆に利用すれば⭐︎?」
「……伊吹を?」
常夜は、かなり早い段階から伊吹に近づいていた。
おそらく、柊たちが戒に遭遇し、
俺たちが常夜を知ったあの日より少し前だ。
伊吹の様子がおかしいことには、
俺も紫苑もすぐに気がついた。
伊吹は必死に隠していたようだが、
……あいつはわかりやすいやつだ。
「騙されたふりしてた方が面白くない⭐︎?」
紫苑はどこか楽しそうだった。
だけど、俺は嫌な予感がしていた。
常夜が伊吹に近づいたのは、
伊吹と紫苑が繋がっているからだろう。
敵は、紫苑を警戒しているんじゃないか。
「だから僕と狛だけの秘密ね⭐︎」
「……危険じゃないか?」
「むしろ相手の動き読めて有利じゃん⭐︎」
「だが……」
紫苑だけじゃない。
「伊吹が可哀想だ」
「え、何で⭐︎?」
紫苑が首を傾げる。
「裏切るから悪いんでしょ⭐︎?」
「……」
裏切り。
それは、紫苑の心の傷の一つだ。
許せないのは、わかる。
……それでも。
「伊吹は、きっと脅されてるんだろう?」
「だろうね⭐︎
どうせあの弱い守護霊消すとか言われたんじゃない⭐︎?」
紫苑はスマホを触りながら話した。
「伊吹にとって、福は友達だ」
「……」
一瞬、紫苑の指が止まった。
「……友達が死人だと大変だね⭐︎」
また、紫苑の指が動く。
目線はスマホに落ちたまま合わなかった。
「ま、何でもいいけど今伊吹に言うのはナシ⭐︎」
「何故だ?」
俺は眉をひそめた。
伊吹が困っているのだから、
話を聞いて、助けてやりたい。
「どうせ本当のこと言わないだろ⭐︎
あいつでも、それぐらいの覚悟してるでしょ⭐︎」
「……っ」
唇を開きかけて閉じた。
「仮に話したとしてもさ⭐︎?
あいつ隠すの下手なんだから、僕たちに言ったことが常夜にバレて、ますます追い詰められるんじゃない⭐︎?
誰も得しなーい⭐︎」
……確かに。
今は、伊吹に話させる方が危険か。
「使える物は使お⭐︎」
「それなら、せめて父さんや光流たちには話さないか?」
「話さなーい⭐︎
みんな知らない方が自然に動いてくれるし〜⭐︎」
紫苑が顔を上げる。
「僕は誰も信用してないから⭐︎」
そう言って、
紫苑はいつもの笑顔を見せた。
この五年間で、俺も気づいていた。
多分、俺は特別だ。
俺にとって、
紫苑がそうであるように。
だけど、
俺は紫苑と同じくらい伊吹のことも大切だった。
紫苑はそれにも気づいていただろう。
「お前が伊吹助けたいなら勝手にすれば⭐︎?」
紫苑の視線がスマホに戻る。
「ま、脅されてる原因を何とかしないと助からないと思うけどね⭐︎」
「……そうだな」
——伊吹を助けるなら、福のことも避けては通れない。
「お前の家だって、その時が来たら還してるんだろ⭐︎?」
「……ああ」
東雲家でも、未練がなくなった守護霊は還す。
ただ、獣霊は言葉で通じない分、難しい。
「未練に縛られなくて使いやすいから、東雲家は獣霊なんだって叔父さんが言ってた⭐︎」
「今はそんなことない」
「お前がペット大事にしてるのは知ってるよ⭐︎」
紫苑はスマホをポケットへ入れた。
「とにかく、作戦は決まったね⭐︎」
「……わかった」
紫苑のやり方に、全部納得したわけじゃない。
それでも、
伊吹を追い詰めないためには、その方がいい。
「……俺たちも、揉めてるように見せるか」
「いいんじゃない⭐︎?
そうすれば僕が抜ける理由もできるし〜⭐︎」
紫苑が口元を上げる。
「僕がいないって思った方が、向こうも動きやすいでしょ⭐︎?」
そうして——その日は来た。
常夜の第三研究所。
紫苑が来ないと踏んで敵は油断していた。
そこへ紫苑が奏と篝を連れて潜入した。
狙い通り、作戦は成功するはずだった。
……失敗したのは俺だ。
俺が白寧との戦いで重傷を負ったせいで、
紫苑は使う必要のなかった禁式を使うことになった。
救急車の中で見た、
紫苑の右腰から太腿に広がる赤黒い火傷。
——『違うよ。普通に火傷』
紫苑。
あの時、お前が嘘をついたこと、
俺はわかっていたんだ。
お前が、
篝の焔であそこまで火傷するわけがない。
それに、
俺は五年間、ずっと一緒にいた。
お前の右上半身の火傷跡に、
気づかないわけがなかった。
お前がずっと隠していたのは、
また俺が責任を感じると思ったからなんだろうか。
お前が禁式を使う時には、
いつも俺がそこにいた。
——『僕、裏切り者は絶対許さないから』
そう言っていたお前が、
最後は“友達”って言葉で、伊吹と福を救ったんだろう?
……伊吹から聞いた。
それも、
少しは俺のためだったんだろうか。
紫苑は、俺のために無茶をする。
何度でも。
これ以上、
紫苑を傷つけたくない。
守りたい。
俺は、もっと強くならなければ。
今すぐ強くなれないならば、
もっとよく見て、よく考えて動かなくては。
あの日、
もう一度誓った。
それなのに、
紫苑は三度目の禁式を使った。
——『強くなりたいんだよね』
蒼嶺様のあの眼差しを、
俺が忘れられなかったばかりに。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月4日21時
第二百九十九話 Episode:狛【立派な人】




