第二百九十七話 Episode:狛【同じ】
久世家を出てからの五年間、紫苑は変わった。
髪型も、話し方も。
食が細いと聞いていたわりに、
うちの飯を紫苑はよく食べた。
「食べないとデカくなんないんでしょ⭐︎?」
本人はそう言っていたが、
身長は大して変わっていない。
一方、俺は百八十を越えていた。
それから、
紫苑はよく笑うようになった。
むしろ、笑っていることの方が多い。
「凡才⭐︎」
という口癖と共に。
……まあ、全部が心からの笑顔ってわけじゃないが。
紫苑は久世家を破門された。
でも俺は、変わらず東雲家の人間だ。
呼ばれれば久世の護衛に向かう。
だから訓練は続けた。
たとえ、久世に紫苑がいなくても。
あれから久世家の訓練場へは行かなかった。
元々、紫苑を迎えに行くついでだった。
蒼嶺様にも、ずっと会っていない。
ただ、
——『強くなりたいんだよね』
時々、蒼嶺様の真っ直ぐな眼差しを思い出した。
紫苑がうちに来て数日たった頃、
「僕が鍛えてあげよっか⭐︎?」
庭で筋トレする俺を見ながら紫苑が言った。
「……紫苑が?」
「僕もそろそろ身体鈍りそうだし⭐︎?」
紫苑はベランダに腰を下ろし、
膝の上で頬杖をついていた。
「最近たくさん食べてるから運動も兼ねて⭐︎」
「いいのか?」
「嫌ならやらないけど⭐︎」
「いや……」
紫苑は、もう祓い師でいる必要なんてない。
「お願いしたい」
それでも、
俺と一緒に祓い師を続けることを選んだ。
中学卒業後、
二人で祓い師見習いとして登録した。
紫苑は一人暮らしを始め、
俺たちは外部の公立高校へ進学した。
「あの学校、無駄に学費高いじゃん⭐︎」
必要以上に、
紫乃様の世話になりたくなかったんだろう。
俺も、紫苑がいたからあの中学を選んだだけだ。
皇陽高校は家からも近いし、進学校でもある。
俺にとっても都合が良かった。
そして、高校で伊吹に出会った。
「誰この凡才⭐︎」
「……ひぃ……!」
俺が伊吹を紹介した時、
紫苑はいい顔をしなかった。
「足手まといになるなら、即切るから⭐︎」
そう言うわりには、
案外早く伊吹を受け入れていた。
「ねぇねぇ紫苑くん」
「何⭐︎?」
「ボクたち、もう友達なんだよね?」
伊吹が、思い切って聞いた時がある。
「あのさ……ボクも、“紫苑”って呼んでいいかな?」
「……」
紫苑は一瞬黙った後、
「無理⭐︎」
いつもの笑顔で拒否した。
「えぇ!!何でぇ!?」
「僕より弱いやつは呼び捨てすんな⭐︎」
「狛くんは呼び捨てしてるじゃん!!」
「狛はいいんだよ⭐︎」
「……そうか」
伊吹には悪かったが、
俺はそれ以上何も言わなかった。
「ヒイキだ!!」
「うるさい⭐︎」
「……」
それでも、
三人の時間が増えた。
「い、伊吹ちゃん……落ち着いて……」
いや、四人だったな。
あの時は福もいたから。
学校に行く。
依頼があれば動く。
時々、学校帰りに寄り道したり、
テスト週間には図書館で勉強したり。
あれ以来、久世家に呼ばれることもなかった。
穏やかだった。
そうして——
俺たちは高校三年生になった。
桜が散り、緑が一斉に芽吹いた頃、
俺と紫苑は父さんに呼び出された。
締め切った部屋で父さんと向き合って座る。
隣には紫苑。
うちのダイニングテーブルには、
まだ紫苑の椅子が残ったままだった。
「半霊?」
聞かされたのは、柊と颯の話だった。
「そう。白瀬颯くんは霊体なのに霊力がないんだ」
紫苑の眉が動く。
「そんな話聞いたことないけど⭐︎」
「ああ、前例は見当たらない。
それでも今、颯くんは白瀬柊くんの守護霊なんだ」
「白瀬って、同じ苗字なの⭐︎?」
「兄弟だよ。血は繋がっていないけどね」
「へぇ⭐︎」
——血縁のない兄弟。
「魂繋ぎ止めるとか、どんな力だよ⭐︎」
紫苑が笑う。
「その白瀬柊ってやつ⭐︎」
いつもの軽さはなくて、
どこか楽しそうな笑顔だった。
「本当に三流派とは関係がないのか?」
俺は父さんに尋ねた。
「そうみたいだよ」
「そういうやつもいるんじゃん⭐︎?
朝倉光流もそうだし⭐︎」
「彼らは元に戻る方法を探したいそうだ。
狛と紫苑くんも協力してあげてほしい」
「え〜⭐︎?他人のために〜⭐︎?」
紫苑がちらりと俺を見る。
「狛はどう思う⭐︎?」
「……俺は……」
自分を庇って、弟が半霊になった。
……他人事に思えない。
だから。
「力になってやりたい」
「そう言うと思った⭐︎」
紫苑は肩をすくめた。
「てかさ、最近霊害が異常に発生してるんでしょ⭐︎?」
「ああ。発生の間隔からして、偶然とは考えにくい」
父さんが腕を組む。
「霊の力を利用しようとする人間がいるのかもしれない」
そう聞いて、
真っ先に久世の屋敷と、紺士様の笑顔が浮かんだ。
いや、
あの人なら、そんな実験みたいなことはしない。
「誰がやってんだろうね〜⭐︎」
紫苑は指先に髪を絡めた。
「そんな中で、霊力強いやつが霊害事故に遭うとか〜」
ただの偶然か、
それとも。
「……何かありそうだ」
「同感⭐︎」
だったら、なおさら。
紫苑が俺の方を向く。
「じゃ、決まりね⭐︎」
“わかってるよ”。
そう言いたげな表情だった。
「天才紫苑様が協力してあげる⭐︎」
紫苑は変わった。
「なんか面白そうじゃん⭐︎」
それでも、
俺が知ってる紫苑は、ずっと同じだった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月3日21時
第二百九十八話 Episode:狛【もう一度】




