第二百九十六話 Episode:狛【次】
「は?見舞い?」
正座する俺と父さんの前で、
紺士様はソファにふんぞり返って目を細めた。
「はい。
紫苑様が怪我をしたのは、俺を助けたせいなので」
紫苑は禁式を使ったあと、病院へ運ばれた。
俺も意識を失っていて、
目を覚ました時にはもう紫苑はいなかった。
どこを、どんなふうに傷ついたのかも、
俺は何も知らなかった。
うっすらと記憶にあるのは、
狼の鳴き声と、柔らかい髪の感触だけ。
その日のうちに俺は自宅へ戻り、
翌朝、父さんと一緒に久世家へ謝罪に来ていた。
「いらんいらん!」
紺士様が顔の前で大袈裟に手を振る。
「ですが紺士様……!」
父さんが食い下がる。
「別に大したことねぇから!つか謝罪もいらん!」
紺士様はタバコを取り出して咥えた。
「だって俺損してねぇもん!あはははははは!!」
部屋に豪快な笑い声が響く。
紺士様がタバコに火をつけた。
「むしろ謝んのは紫苑ちゃんじゃね?
お前んちの守護霊消えちゃったっしょ⭐︎?」
紫苑の禁式で、俺の守護霊は消えた。
今の黒狼と同じ種の、黒い狼の獣霊。
祖父から譲り受けたものだった。
「とんでもございません」
父さんは深く頭を下げた。
俺も急いで畳に頭をつける。
「紫苑くんのおかげで、狛は助かりました」
「あーまあそうねー?」
「ジャーキーも悔いはないと思います」
「は!?ジャーキーって何!?」
「……俺の守護霊の名前です」
……祖父がつけた名前だ。
「センス悪!!あはははははは!!
お前酒飲みだったっけ!?」
紺士様はタバコを深く吸い込んで吐き出した。
煙が部屋に広がっていく。
「ん〜。まあどうしても謝罪したいっつーならさぁ」
紺士様がにっこりと笑う。
「紫苑ちゃんのこと預かってよ⭐︎」
「え?」
父さんが視線を上げて聞き返した。
「いやあいつ禁式使ってっから破門になるし⭐︎
うちには置いとけねぇもん」
「……破門……」
やっぱり、免れないか。
俺は眉をひそめた。
「中坊は一人暮らしできねぇだろ?
施設にぶち込むわけにもいかねぇし」
紺士様は他人事みたいに軽々しく話した。
仮にも、紫苑の叔父なのに。
「中学卒業するまででいいよ。金は婆さんが出すだろ」
「……よろしいのですか?」
「よろしいよろしい⭐︎
あ、あいつ食細いからそんな金かかんねぇと思うぞ!
浮いた金で酒でも飲めば⭐︎?」
俺は視線を上げて父さんを見た。
父さんと目が合う。
「……」
父さんは笑った。
「喜んでお預かりさせて頂きます」
「お!マジで!?助かる!!」
——紫苑が、うちに来る。
まだ一緒にいられる。
「でもさ〜」
紺士様が俺を見た。
「あいつ歪んでっから大変だよ?」
「いえ」
——俺は。
「そうは思いません」
「あー、あれね!」
紺士様が人差し指を斜めに立てる。
「ピサの斜塔!!」
「はい……?」
「真っ直ぐだったら誰も見に行かねぇもんな⭐︎!」
十二歳の俺には、よくわからない話だった。
ただ、
まだ次があることだけはわかった。
もう二度と守れないのはごめんだ。
——あの時、確かにそう誓ったのに。
五年後、常夜の研究所で。
紫苑は二度目の禁式を使った。
また、俺を助けるために。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:9月2日21時
第二百九十七話 Episode:狛【同じ】




