第二百九十四話 Episode:狛【友達】
五年前。春。
春風に桜が舞う中、俺は紫苑に出会った。
「……初めまして」
「は?」
正直、驚いた。
——小さい。
俺の頭ひとつ分小さい。
学ランの袖も裾も余っている。
だけど霊力は本物だった。
最初のうちは、リムジンの中でも学校でも、
身体が震えないよう必死に耐えていたことをよく覚えている。
……護衛役が震えてるなんて、洒落にならないからな。
「東雲狛です」
自然と紫苑を見下ろす形になった。
もっと、
ゴツくてデカいやつだと勝手に思っていた。
大きくて丸い目が俺を捉える。
白い頬には、さらりとした紫の髪がかかっていた。
……綺麗な顔だと思った。
「今日から、あなたをお守りします」
「……」
この子が、久世紫苑。
強いのはわかった。
孤独かどうかはまだわからない。
だけど、
瞳は人形みたいに虚だ。
綺麗な紫色なのに。
*
「どう見ても僕より強そうに思えないんだけど」
あの頃から、紫苑は口が悪かった。
暴言を吐くわけじゃない。
言っていることは理に適っている。
……言い方だろうか?
遠慮がないと言うか、何と言うか。
そんな感じだったから、
紫苑はいつもクラスで一人だった。
——確かに孤独な子だ。
最初は、
紫苑の振る舞い方にも問題があると思った。
相手が紫苑じゃなかったら、
“もっと気遣えよ”とか“言い方考えろ”とか、
俺はきっと説教していただろう。
まあ、今ならするんだが。
しばらく一緒にいて、何となくわかった。
紫苑は、人が嫌いなんじゃない。
最初から、近づかないようにしているだけだった。
——『生まれた時から命を狙われている』
そんな環境で育ったなら、
そうなるのも無理はないと思った。
それでも紫苑は、
挨拶を無視しない。
時間を守る。
くだらないと言いながらも、
人の話はいつも最後まで聞いている。
「そこの答え間違ってますけど」
……教師のミスを指摘するくらいに。
だから、
本当に人が嫌いなわけじゃない。
そして——
「ずっと僕の近くにいなくてもいいって言ってんの」
言い方は乱暴だったけど、
紫苑は俺のことを心配しているのだと思った。
俺の教科書がなくなった、あの日。
「あげる」
紫苑は自分の教科書を俺に差し出した。
「花曇りの向こう——」
何も見ないで、あの物語を読み上げた。
春。
新しい場所で出会った二人が、少しずつ言葉を交わしていく話。
最初は互いのことなんて、ほとんど知らない。
……何となく、俺たちみたいだと思った。
久世とか後継者とか、
そういうのは関係なくて、
友達になりたいと思った。
あの時、
護衛だからじゃなく、
俺自身が紫苑を守りたくなった。
——敵ばかりじゃないんだと、
紫苑に知ってほしかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:8月31日21時
第二百九十五話 Episode:狛【鈴の音】




