第二百九十三話 Episode:狛【護衛】
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Side:狛
軽い。
腕の中の紫苑は、驚くほど軽かった。
この小さな身体で、
どれだけ背負ってきたんだ。
「……紫苑」
紫苑の左目がうっすらと開いた。
「……はは……っ⭐︎」
口元が緩む。
「……見てた……⭐︎?」
赤黒くただれた右半分の顔。
閉じた右目から、血が伝っている。
「……僕……最強じゃない?」
「知ってる」
お前は強い。
出会ったあの時から、今も。
「喋らなくていいから」
「……はいはい……」
紫苑は目を閉じた。
紫苑の頬に雨粒が落ちる。
俺はそっと指で拭った。
「もう、休んでくれ」
——今度は、俺が守るから。
*
まだ、紫苑に出会う前。
東雲家。
「紫乃様から依頼があった」
俺はダイニングテーブルで父さんと向き合っていた。
「俺に?」
「ああ」
父さんはいつになく真剣な顔で俺を見ていた。
「護衛をお願いしたいそうだ」
東雲家は代々、久世を守る家の一つだ。
昔ほど本家に仕えているわけではなく、
今は必要な時にだけ呼ばれる。
父さんは警察官。
母さんは専業主婦。
普段の俺たちは、
どこにでもいる普通の家族だった。
ただ一つ違うのは、
俺が幼い頃から久世を守るための訓練を受けてきたこと。
とは言っても、
これまで俺は護衛に呼ばれたこともなかったし、
久世の人間にもほとんど会ったことがなかった。
正直、久世家の内情についても、
“後継者争いで揉めている”くらいしか知らない。
「紫苑くんの護衛だそうだ」
「紫苑様って……」
確か、当主様の甥っ子で後継者候補の一人。
それから——
「“神童”とか言われてる?」
「そう。狛と同い年。だからお前が選ばれたんだろう」
「護衛って、何か狙われてるってこと?」
「そうだね」
わずかに沈黙が流れる。
父さんは俺にどう説明するか、
言葉を選んでいるみたいだった。
「紫苑くんは、ただの子どもじゃないんだ」
まあ、
神童って呼ばれてるくらいだからな。
「生まれた時から命を狙われてる」
「え……!?」
命を?
生まれた時から?
「どうして!?」
「狛。久世家が後継者の件で割れているのは知ってるな?」
「何となく……」
紺士様は息子の蒼嶺様を、
紫乃様は紫苑様を後継者にしたがっていたはず。
「後継者争いで、命まで狙われてるってこと?
同じ久世家の人間に?」
「そう。蒼嶺くんも十五歳になった。
後継者争いが本格化すると紫乃様が案じたのだろう」
それでも未成年。
それに紫苑様はまだ十二歳。
——俺と同じ、子どもじゃないか。
「狛に依頼が来るとは俺も想定していなかったんだ。
今まできちんと話してなくて悪かった」
父さんが頭を下げた。
「狛にとっても、危険な依頼だ。
断ってもいい。俺が何とか話をつける」
「……」
確かに、
俺は久世家を守るために備えてきた。
そうは言っても、
相手は見たことも会ったこともない子。
その子を命を張って守るなんて、
俺にできるのか?
「……どんな子なの?」
「強い子だよ」
父さんは目を伏せた。
「とても強くて、とても孤独な子だ」
「孤独?」
「彼には、物心ついた頃にはもう両親がいなかったそうだ」
「親がいないの?」
「……親だけじゃないのかもしれない」
父さんの言葉だけで、
何となく久世紫苑の背景を想像してしまった。
親がいない家で、
後継者として命を狙われながら育った子。
「きっと、辛い思いをたくさんしてきたんだ」
思わず口にしていた。
「どうだろう。
俺は、紫苑くんじゃないからわからないけれど」
父さんが顔を上げる。
「狛は、可哀想な子だと思ったんだな」
「……うん」
そういうの、放っておけない。
自分がそういう性分であることは自覚済みだった。
「俺、引き受けるよ」
気づけばそう答えていた。
「本当に?」
「うん。そのために訓練してきたし」
「……」
父さんは少し考えた後、
真っ直ぐに俺を見た。
「わかった。
でも、無理だと思ったらいつでもやめていいからな」
「うん」
——そうしてその冬。
俺は紫苑と同じ中学へ通うために受験をした。
県内一の進学校だったけれど、
これまで真面目に勉強してきたおかげで合格できた。
小学校の友達と別れるのは少し寂しかった。
それでも新しい出会いが楽しみな気持ちもあった。
久世紫苑。
一体どんな子なんだろう。
友達になれるだろうか。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:8月30日15時
第二百九十四話 Episode:狛【友達】




