第二百八十九話 最後の遊び
「十八になって叔父さんに遊んでもらうとか屈辱⭐︎」
紫苑は笑った。
「うちの子じゃないのに遊んでやるんだから感謝してよ⭐︎
叔父さんいつも忙しいんだよー?」
「暇だから来たんでしょ⭐︎」
「あはははははは!!」
紺士の笑い声が響く。
暗すぎる夜は、全く似合わない。
「お前がなーんかやりそうな気がしたんだよ」
紺士は羽織のポケットからタバコを取り出した。
はだけた胸元から、古い傷跡がチラリと覗く。
「顔いっちゃったね⭐︎?それ、右目見えてんの?」
「……今はね⭐︎」
「ブスじゃん⭐︎俺、お前の顔好きだったのに!」
「叔父さんってマザコン⭐︎?
僕の顔、若い時の婆ちゃんにそっくりらしいけど⭐︎」
「キモいこと言うなよ〜!!」
紺士がタバコに火をつけた。
「つか、ちょっと前からブスだったけどな」
「は⭐︎?」
「前はお前、お人形さんみたいだったもん」
紺士が目を細めて煙を吐き出す。
タバコの匂いが紫苑の鼻をかすめた。
「なんか人間臭くなったじゃん。
何があったんか知らんけど⭐︎」
紺士は狛の方を見た。
「な⭐︎?お前もそう思うだろ?」
「……」
一拍置いて、
狛が顔を上げる。
「紫苑は、変わっていませんよ」
曇りのない眼差しだった。
「……何だそれ」
「そう?まあ何でもいいわ⭐︎
蒼ちゃん、浅ちゃん」
紺士は顎で中庭を指した。
「あおちゃんが変な気起こすから、止めに行ってあげたら⭐︎?」
中庭で、柊たちが母屋を見上げる中、
葵だけは倒れる篝を見ていた。
「御影はもういいっしょ?」
——こいつは、
何だかんだ子どものことをよく見ている。
「……わかりました」
蒼嶺の中から浅葱が抜け出る。
一瞬、浅葱が紺士を見た。
だがすぐに、二人は中庭へ降りた。
「さてと」
紺士は携帯灰皿を取り出して、タバコを強引に突っ込んだ。
「お前とちゃんとやるの、初めてだな」
空気が、変わる。
——まあ、どうせなら?
最後に思い切りやるのも悪くない。
「狛」
紫苑が霊力を纏った。
「柊たちのとこ行って」
「でも——」
「邪魔だから」
藍色の瞳が輝く。
紫苑の中で、心臓が二つ脈を打った。
「僕の犬なら言うこと聞け⭐︎」
「……犬じゃない」
——そうね。
“友達”、ね⭐︎
「じゃ、余計にここから離れてもらわないと⭐︎」
紫苑が口角を吊り上げる。
「信じろよ」
——僕を。
「……わかった」
狛は屋根の端へ動いた。
「危なくなったらすぐ呼べ」
——どうせ、
呼ばなくても来るんでしょ?
「おかげで安心して遊べる⭐︎」
狛が中庭へ降りた瞬間——
ブワァッ!!
紫苑の伸ばした掌から、
紺士へ向かって水流が放たれた。
狭霧が使っていた技。
けれど、同じものには見えない。
屋根瓦ごと削り飛ばしそうな水圧だった。
「使いこなせちゃうんだよね⭐︎」
——本当、才能って便利。
バチバチバチッ!!
紺士に当たる手前で、
水流が何かに弾かれていく。
届かない。
「……何」
紫苑は眉をひそめた。
紺士の手元に見えたのは——
霧島家のお札だった。
「俺が使った方が強いんだよね〜⭐︎」
お札が水流を弾いている。
ただの霧島家の札じゃない。
「……細工したね⭐︎」
紫苑は手を下げた。
「まあ俺って天才だから⭐︎」
「加減しなくていいから助かる⭐︎」
紫苑が掌をかざす。
ブワァッ!!
今度は一つじゃない。
掌からいくつもの水流が放たれ、
四方八方から紺士へ牙を向く。
「水遊びも悪くねぇじゃん⭐︎」
紺士がお札を投げる。
四枚。
ピシッ……!
青白い光が結界を作り、
四方から迫る水流を弾き返した。
「夏だもんな?」
紫苑が消える。
「もう夏終わるけど⭐︎」
声は、紺士の懐から聞こえた。
「わお」
紫苑の拳に霊力が集まる。
バチィィン!!
紺士の手に、柄の短い薙刀が現れた。
「またそれ⭐︎?」
「バーカ、改良済みだよ」
薙刀が青白い霊力を纏う。
紫苑の拳と薙刀がぶつかる。
ガギィィン!!
薙刀が大きくしなった。
「耐えるね⭐︎」
「改良済みっつったろ?」
紫苑がさらに霊力を込める。
ミシ……。
「あ」
バキン!!
薙刀が真っ二つに折れた。
「いやいや素手で折んなよ!!」
紺士が後方へ飛ぶ。
すぐに紫苑が追う。
瞬間、
紺士の右手に青白い光が集まった。
ピタッ。
紫苑の額に、紺士の指先が触れる。
「これ、お前がよくやるやつな」
紫苑が目を見開く。
バチィンッ!!
「……っ!」
紫苑の身体が屋根の上を滑った。
数枚の瓦が砕ける。
口の端から、血が一筋流れた。
「……へぇ⭐︎」
「自分の技喰らうのってどうよ」
紫苑が親指で血を拭う。
「下手だけどね⭐︎」
「可愛くねぇガキ!」
紺士が笑う。
「……叔父さんに教えてあげる⭐︎」
紫苑の瞳が藍色に光った。
次の瞬間、紫苑の姿が消える。
「——速っ」
一気に間合いを詰め、
紫苑の人差し指が紺士の額へ伸びた。
紺士が反射的に後ろへ下がる。
その時——
パシャ……!
「……あー」
紺士の目が細くなる。
「水忘れてたわ」
パシャァッ!!
「遅い⭐︎」
紺士の背後。
弾き飛ばされた水が、巨大な水球を形作っていた。
「あ〜マジか。気配まで消してたのかよ」
紺士の身体が、水球に呑み込まれた。
「さっき叔父さんが弾いた水流、こっそり集めてたの⭐︎」
「お前ってほんとさ〜」
紺士は笑っていた。
紫苑の指先が、
紺士の額に触れる。
「クッソ天才じゃん⭐︎」
ドォンッ!!
紺士の身体が吹き飛んだ。
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※次回更新:8月28日21時
第二百九十話 それぞれの理由




