第二百八十三話 Episode:紫苑【飼い犬】
紫色の光が瞬いた。
「……っ!」
右上半身に焼けるような痛みが走る。
だが、次の瞬間——
ブワァァァ!!
狛の身体から漆黒の閃光が吹き出し、
僕の身体の中に吸い込まれていった。
ほんの一瞬、
僕が見たことのない映像が流れた。
幼い狛と、多分狛の家族。
食卓と、唐揚げみたいなもの。
僕の知らない光景だった。
青白い霊力が、一気に膨れ上がる。
——熱い。
気づけば、右上半身の痛みが消えていた。
自分の手を見る。
爪が鋭く伸びていた。
——共霊だ。
なるほど。
“契約を奪う”って、そういうことか。
身体が人間から、獣へ近づいていく。
生まれて初めての共霊相手が、
お前の飼い犬とか笑える。
『ヴォン!!』
僕の中で、獣が吠えた。
ああ、犬じゃなくて狼だったね。
でも今そんな話してる場合じゃない。
狛の身体が沈んでいく。
僕はその腕を掴んだ。
——死なせない。
霊害の巨大な前脚が、再び水中へ迫る。
僕は片腕で狛を抱き寄せた。
「邪魔」
空いた手を、霊害へ向ける。
ドゴォォォンッ!!
放たれた霊力が、水ごと吹き飛ばした。
視界が開ける。
霊害が光の粒に変わっていく。
雨雲に覆われた空の下、
水飛沫と一緒に、その光が煌めいていた。
川上から、また濁流が迫ってくる。
僕は狛の腕を自分の肩へ回した。
川岸へ引き上げた途端、
狛が激しく咳き込み、水を吐いた。
——生きてる。
水が来ない安全な場所を探す。
大きな川石の陰に、狛の身体を横たわらせた。
『ヴォンヴォン!!』
僕の中で狼が、狛を心配しているのがわかった。
——霊にも、感情あるんだな。
ばあちゃんの話が本当なら、
この後、狼の霊は消滅する。
「……悪いね」
あいつなら、
きっと可愛がってたんだろう。
僕は狛の肩からそっと腕を離した。
蒼嶺に落とされた場所を見上げる。
禁式の効果は、
どれくらいの時間もつのだろうか。
「……あとはじじいか」
ヒュッ!
上空から影が落ちた。
「久世紫苑……」
「自分から来てくれて助かる」
「禁式を使ったな……」
「だから何?」
蒼嶺の姿をしたじじいが、
ゆっくりと片腕を上げた。
「お前は破門だ」
「死人が当主ヅラすんな」
地面を蹴った。
——軽い。
一歩目で、身体が風景を置き去りにした。
「……っ!?」
じじいの目が見開かれる。
握った拳に霊力を纏わせた。
ドゴォッ!!
「がっ……!!」
腹へ拳を捩じ込んだ。
じじいの身体がくの字に折れる。
そのまま首元を掴んだ。
「死んでもまだ当主やりたいの?」
地面へ叩きつける。
ドガァンッ!!
「そこまでする、当主の魅力を教えてよ」
「……ぐっ……!」
雨を吸った土と泥が弾けた。
じじいが上体を起こして腕を振り上げる。
その手に霊力が集まっていく。
「久世家は……俺のものだ……!!」
ドォンッ!!
至近距離から放たれた霊力。
僕は片手を突き出した。
ガキィィィンッ!!
霊力が弾けて消える。
「……な……!」
「弱」
腕に傷すらついてない。
「本当に当主だったの?」
『ヴォン!』
僕の中で狼が吠えた。
身体中の霊力が膨れ上がる。
……なるほどね。
ただの足し算でもないわけか。
「お前さ」
一歩踏み込む。
「いつまで久世家にしがみついてんの?」
ドガッ!!
立ち上がろうとする、
じじいの腹を踏みつけた。
「その未練で、成仏できなかったわけ?」
バキィッ!!
じじいを見下ろしながら、横腹を蹴り抜いた。
「ぐ……ぁ……!!」
それでも、
「……っ……」
立ち上がろうとしている。
まだ動くんだ。
「お前じゃ勝てないよ」
目の前まで踏み込んだ。
ドガァッ!!
顔面へ拳を叩き込む。
じじいの身体が地面を転がった。
「……残念だったね、蒼嶺」
——聞こえてるか知らないけど。
追いかける。
「せっかくじじいと一つになれたのに」
さらに、殴る。
「腐ったやつと一緒になっても、壊れるだけってわかっただろ?」
バキィッ!!
「霊害も祓えない。身体も奪われる」
「……っ!」
胸ぐらを掴み上げた。
「狛のことまで巻き込んで」
じじいの口元から、
血が流れていた。
これ、蒼嶺の身体だったな。
だから何?
「結局、何にもなれない」
『……違う……』
じじいが僕の手を掴む。
いや、
じじいじゃない。
『……紫苑……!』
蒼嶺がもがいている。
『後継者になるのは、俺だ……!』
こんな目に遭ってるのに。
まだ、それなんだ。
指先に力を込めた。
『俺は、紫苑より強くなるんだ……!』
そういやお前。
昔から、ずっとそう言ってたね。
——結局はそれだろ?
お前も久世の人間だ。
蒼嶺の顔を見た。
「でも、じじいの霊力にも耐えられない」
蒼嶺の瞳が揺れた。
「お前は弱いよ」
ブワァァァ!!
左手に霊力を集める。
青白い光が、雨の山を照らした。
『ヴォン……!』
僕の中で狼が低く唸る。
この距離なら、
死んじゃうかもね。
……まあいいか。
「終わらせよ」
蒼嶺の額へ掌を向ける。
「僕の勝ちだ」
霊力を放とうとした。
その瞬間、横から。
ガキィィィンッ!!
僕の掌と蒼嶺の額、そのわずかな隙間に、
細く白い刃が滑り込んだ。
……薙刀?
「——おいおい⭐︎」
タバコの匂い。
ふざけた笑顔。
「……紺士」
「“叔父さん”な⭐︎」
叔父が手にした薙刀を眺める。
「……これ使いづれぇな〜」
バキッ!
薙刀の柄をへし折った。
「……は?」
「あいつはすげぇわ⭐︎」
折れた薙刀を放り捨てる。
「で、紫苑ちゃん⭐︎」
叔父は僕と蒼嶺の間に割って入ると、僕の方を向いた。
「言っただろ?」
叔父の咥えるタバコから灰が落ちる。
「蒼ちゃん殺すなら、俺止めるって⭐︎」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:8月22日15時
第二百八十四話 Episode:紫苑【お別れ】




