第二百七十七話 Episode:紫苑【目覚め】
月曜日。
僕は何故か早く目が覚めてしまった。
土日が退屈だったからかもしれない。
大雨で何もすることがなかったから。
まあ、晴れてても別に何もないけどさ。
「……?」
少し離れた場所で、見知った気配がした。
訓練場の方からだった。
こんな時間から訓練してるのは、どうせ蒼嶺だろう。
蒼嶺の訓練に興味はない。
だけど、もう一つの気配がどうしても気になってしまった。
……あいつだからじゃない。
あいつにしては、ちょっと違う感じがしたから。
ただ、それが気になっただけ。
「紫苑様。こんな時間に珍しい」
訓練場へ向かう僕の後を侍従がついて来た。
「訓練をされるのですか?」
「そんなわけないでしょ」
訓練しようがしまいが、
僕は蒼嶺なんかに負けないし。
訓練場の戸を、少しだけ開いて中を覗いた。
「……あ」
そこには、
組み手をする蒼嶺と狛がいた。
二人とも——共霊している。
「あいつの守護霊って……」
鋭い眼光。
伸びた爪と牙。
人ならざる気配。
知らなかった。
狛は、獣霊と共霊するんだ。
「——すごいでしょう?」
背後から、少女の声がした。
「蒼嶺お兄様の守護霊」
葵だった。
蒼嶺に目をやる。
蒼嶺の青髪に紫が混じっている。
片方の瞳も紫色だった。
ああ。
そういえばあいつ、守護霊をつけたんだったな。
——『蒼嶺についた守護霊は特別じゃ』
「ひいお爺様だそうですよ」
「死んでも兵器って笑えるね」
まあ、
確かに前よりは強いんじゃない?
……そんなことよりさ。
「狛」
蒼嶺が手を止めた。
「そこは、もう少し……こうじゃない?」
「確かに。今の甘かったですね」
——あいつら、いつから?
僕のつま先が床をトントンと叩いていた。
「もう一回やってみて」
「はい」
狛は足に霊力を纏わせ、蒼嶺に向かって振り抜いた。
蒼嶺がそれを腕で受け止める。
「そう!さっきよりいいよ!」
「ありがとうございます」
……あ。
狛が笑った。
何だ。
そういうことか。
東雲家は、久世家を守る家。
別に、“僕”を守る家じゃない。
——蒼嶺と一緒に僕を潰す方が、
こいつにとっては“得”なのかもしれない。
僕は訓練場に背を向けた。
「ふふ。怖気づいたのですか?」
葵は腕を組んで壁にもたれかかっていた。
「……まさか」
僕は蒼嶺なんかに負けない。
蒼嶺は弱いんだから、
怖いはずがないだろ。
「目が覚めただけ」
ようやく、ちゃんと見えた。
自分の味方は、自分だけ。
久世家は強い者が正義だ。
「普段この時間は寝ていらっしゃいますもんね」
葵が鼻で笑う。
「呑気に、ね」
ドガッ!!
僕は、葵の背後の壁へ拳を叩きつけていた。
「死にたい?」
……どうして、
葵の挑発をスルーできなかったのだろう。
壁と僕の間で、葵が僕を見た。
「野蛮。私は事実を言っただけなのに」
久しぶりに葵と目を合わせた。
いつの間にか、葵の目線が僕と同じ高さまで上がってしまっていた。
「紫苑お兄様は、見えてないことが多すぎますね」
「……は?」
僕が目を見開いた、その時。
「ちょっと〜」
あの軽い声が響いた。
「ガキどもが朝から揃って何かと思ったら。
あおちゃん殺すのやめてよ〜」
叔父が欠伸をしながら現れた。
「俺の仕事増やすなって、前に言わなかった⭐︎?」
叔父の言葉に、
葵があからさまに嫌そうな顔をする。
僕は壁に捩じ込んだ拳を下ろした。
「つか紫苑ちゃんさあ、金曜日に学校から俺んとこに電話あったよ。
“教科書失くしたみたいだから、新しいの買ってください”って⭐︎」
叔父は僕の頭に手を置くと、
顔を覗き込むようにして言った。
「しょうもないことで失くすなよ〜。
俺の金で買ってやってんだから」
「……っ」
叔父の手を振り払う。
「俺、学校に呼び出されたりするのやだからね〜?
頭良いんだから上手くやってよ〜?」
「……大丈夫」
二度と、誰かにあげたりなんかしない。
「もう自分でしか使わないから」
——これで、ちゃんと元通りだ。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:8月17日21時
第二百七十八話 Episode:紫苑【紫陽花】




