第二百七十四話 Episode:紫苑【盾】
「僕と同い年なの?」
「はい」
僕はリムジンの後部座席にいた。
隣に東雲狛。
僕の隣の席が埋まるのは、久しぶりだった。
「いやいや」
育ちよすぎだろ。
僕より二十センチは高い。
まあ、これから差は縮むだろうけどさ。
車が、高速道路を駆け抜けていく。
「で、お前は何なの?」
「東雲狛です」
「そうじゃなくて!」
「あなたをお守りするために来ました」
黒い瞳が、真っ直ぐに僕を捉えた。
「……」
視線を逸らす。
「東雲家は、久世家をお守りする家の一つです」
「……あ」
大人たちの会話が蘇る。
そう言えば、
そんなような話を聞いたことあるような気もした。
——こいつも。
「……家に従ってるわけね」
「はい?」
「いや何でもない。
それより何で僕と同じ制服着てんの?」
「一緒に学校へ行くためです」
「は?僕の学校、偏差値相当高いけど」
僕は、籠屋市にある名門私立中学を受験していた。
春ノ井市の本家から、高速で四十分ほど。
「紫苑様と一緒に通うために、受験しました」
「はあ?」
そんな理由で受験して受かるものなのかよ。
狛の顔を見上げる。
……仏頂面。
さっきから、にこりともしない。
「……」
質問には答える。
だけどそれ以外は何も話さない。
腹の中が見えない男だと思った。
「守るって言うけどさ、お前強いの?」
僕は窓枠に肘を乗せ、指先に髪の毛を絡めた。
「どう見ても僕より強そうに思えないんだけど」
「……そうですね」
「はっ。認めるんだ」
僕は薄く笑った。
だけど、
「弱いからと言って、守れないわけではありません」
狛は真剣な顔でそう言った。
「……」
矛盾してるだろ。
ああ、そっか。
「僕の“盾”だもんね」
——使い捨ての。
指先に巻きつけた毛を、弾くようにしてほどく。
「……その髪」
「え?」
「地毛ですか?」
狛が初めて、
自分から僕に質問した。
「そうだけど、それが何?」
「……綺麗ですね」
「は?」
——色の話?
指先に目線を落とした。
ばあちゃんと同じ、紫色。
紺士とも、蒼嶺とも似てない。
「真っ直ぐで」
「……ああ」
髪質のことね。
「地毛だよ。寝癖一つつかない。
勝手に真っ直ぐ生えてくんの」
だから、好きに変えることもできない。
「女みたいでキモいでしょ」
「いえ」
「一度くらい変えてみたいけどね」
「……パーマ、とかですか?」
「髪型ごときに、そこまでしたくないよ」
車内に、沈黙が流れた。
「……でも」
その沈黙が、
ただ答えに詰まっただけじゃなかったことに、
「紫苑様なら、似合うと思います」
この時の僕が、気づくはずもなかった。
「……キモ」
*
僕が中学で嫌われ者になるまで、
時間はそうかからなかった。
「久世くんって家どこなの?」
クラスメイトの男子が尋ねた。
「それ、君に言う必要ある?」
「えっ?」
「だって、僕は君と今後関わる予定がないから」
男子は怪訝な顔をして、僕の席から離れた。
一人、窓の外を眺める。
別に、どうでもいい。
——『お前どうせ、学校に誰も友達いないんでしょ?』
いらないだろ、友達なんて。
これまでと同じだ。
だけど、
「紫苑様」
狛だけは違った。
「次、理科室だそうです」
「知ってるけど」
「行きましょう」
まあ、そういう役割だからな。
「はいはい」
狛より先に廊下に出る。
狛は、僕の半歩後ろを歩いてついて来た。
「あのさ、
僕、学校でもずっとお前といなきゃいけないわけ?」
「何かあってはいけませんので」
「別に何もないだろ——」
ドンッ。
前方から来た、背の高い男子生徒が僕にぶつかった。
ぶつかった拍子に教科書が床へ落ちる。
「あー、ごめん。小さくて見えなかったわ」
——わざとだ。
しゃがみ込み、邪魔な髪を耳にかける。
教科書を拾いながら、そいつを睨み上げた。
「え、キレてんの?」
「その顔じゃ全然怖くないけど」
男子生徒の取り巻きたちがくすくすと笑う。
「女みてぇ。髪切ってやろうか?」
「……っ」
——ふざけんな。
お前らなんか、
僕の足元にも及ばないくせに。
僕が掌に霊力を灯した——
その時だった。
「ちゃんと謝れ」
狛が、前に出た。
「は?」
男子生徒が眉を寄せる。
「人にぶつかったなら、ちゃんと謝るのが普通だろう。
小学校で習ってこなかったのか?」
「は?何お前」
男子生徒が狛の胸ぐらを掴んだ。
「喧嘩売ってんの?」
「おい!杉浦!やめとけ!」
取り巻きの一人が止めようとしたが、
男子生徒——杉浦は無視した。
杉浦が拳を握る。
それでも、
「殴っても、お前が停学になるだけだぞ」
狛は少しも引かなかった。
「せっかく受かった学校なのに、そんなことで無駄にするのか?」
「はあ!?」
「それに、先生にはすぐバレる。みんな見てるからな」
……ド正論。
「え、あの子つよ」
「でも間違ってねぇよな」
「てか東雲くんの方が杉浦より背高くね?」
場の空気が変わっていく。
人間って、単純だ。
「……はっ」
思わず笑ってしまった。
「てめぇ笑ってんじゃねぇぞ!!」
杉浦が僕へ叫んだのと同時に、
「こらー!何してるー!!」
教師の声が廊下に響いた。
結局、狛の言った通り、
杉浦は僕と狛に謝ることになった。
「バカなやつでしたね」
「……」
東雲狛は、
——盾にしては、随分と勝手に前へ出るやつだった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:8月15日15時
第二百七十五話 Episode:紫苑【花曇り】




