第二百七十二話 Episode:紫苑【化け物】
爺やが僕の部屋を出てから、
約二時間後。
「……っ!?」
不穏な霊気で目を覚ました。
上体を起こす。
縁側と廊下側から近づいてくる、
はっきりと敵意を孕んだ霊力。
——囲まれてる。
ばあちゃんたちの気配はない。
みんながいない、この時を狙っていたのか。
ズババババッ!!
霊力を纏った弓矢が襖を破り、
一斉に僕へと向かって飛んできた。
……その程度で。
「僕をやれると思うなよ」
掌をかざす。
バチバチバチィッ!!
弓矢を全て弾き返した。
ガタンッ!!
襖が倒れる。
「うわぁ!!」
敵が声を上げた。
僕は布団の上に立ち、深く腰を落とした。
重心を低く保ったまま、
全方位の敵へ視線を走らせる。
一、二、三。
四、五、六。
「七——八人」
多い。
だが、問題ない。
掌へ霊力を集めた。
その時、
「紫苑様!!」
廊下側から、見知った声が響いた。
「……っ爺や……!」
「ご無事ですか!?」
このまま——
この場の全員を壊すこともできた。
だけど、
僕は掌を握りしめていた。
ヒュッ!ヒュッ!!
再び弓が向かってくる。
バチィン!!
腕で薙ぎ払った。
「……チッ!」
敵が次の弓矢を構える。
その一瞬の隙。
気づけば、僕は爺やの元へ走っていた。
「爺や!!」
爺やに背を向け、
両手を広げようとした。
——庇おうとしたのかな。
……バカだよね。
その時。
——ガンッ!!
「……あっ……!?」
右肩に、鈍い痛みが走った。
多分、頭を狙ったんだろうけどさ。
僕、気づいて避けたんだよね。
あーあ。
天才じゃなかったら、
ここで死んでたのにな。
……死んでた方が良かったのかも。
何にも知らずに。
「……っ!!」
霊力を硬化させて出力する。
キン!キィン!!
体勢を崩しながらも、
向かって来た弓矢を防いだ。
弓矢が畳にバラバラと落ちていく。
「……爺や」
振り返る。
爺やの手には、金槌が握られていた。
「久世紫苑。お前は、危険すぎる」
爺やの声に、
もうあの温かさはなかった。
「お前を、久世家の当主にしてはいけない。
後継者には、蒼嶺様が相応しい……!」
——“後継者”。
ああ、そうだったな。
その物差し、忘れるところだった。
「——呼び捨てすんな」
バキィッ!!
金槌の頭を掴んで砕いた。
「僕より弱い人間が」
ブワァァァ!!
僕の感情に反応して、
霊力が勝手に噴き出していた。
初めてだった。
こんなに、心が揺れたのは。
「僕の名前を呼び捨てにするな」
——ほら見ろ、ゆきむすめ。
誰かに近づこうとしたって、
ろくなことになんないんだよ。
「まずい!逃げろ!!」
誰かが叫んだ。
「……逃がさないよ」
お前ら全員、
僕の力で消してやる。
焚き火に溶けた、
あのゆきむすめみたいに。
僕が掌をかざした。
次の瞬間——
ガシッ。
「そこまで⭐︎」
手首を掴まれた。
半分結われた、青い髪。
「紺士……!!」
「てめぇこそ呼び捨てすんなよ⭐︎クソガキ」
掴まれた右手が動かない。
——なんて力だ。
「あのさ〜?うちん中で死人出ると困るんだけど⭐︎」
叔父の言葉に、
その場の全員が動きを止めた。
「何人?九人?多すぎ多すぎ⭐︎
さすがに隠蔽できねぇだろ!あははははは!」
殺伐とした部屋に、叔父の笑い声が響く。
「死体処理するこっちの身にもなってよ」
「……くっ……!」
僕は掴まれた手首を振り解こうともがいた。
「おい暴れんなって。右肩折れてんだろ〜?」
「……っつ……」
右肩の痛みが、遅れて来た。
「で、お前らじいさんの手下?
どうでも良いけど全員解雇な⭐︎
俺の仕事増やすやつ、この家にいらなーい⭐︎」
叔父が空いた片手で僕を指した。
「だいたいさ〜?
夜襲かけてどうにかなる相手じゃないじゃん、こいつ。
化けモンなんだから⭐︎あははははは!!」
——化け物。
その言葉で、頭が妙に冷えた。
「あ、爺やいるじゃん⭐︎」
叔父は、顎に片手を添えて目を細めた。
「はーん?ただの夜襲じゃなくて、メンタル作戦も兼ねてたってわけ⭐︎?」
「……」
爺やは何も答えなかった。
それが、答えだったのかもしれない。
「残念だったな!もうちょっと時間かけてたら、上手くいってたかもしんねぇのに!あははははは!!」
叔父の手が僕から離れる。
もう抵抗する気は起きなかった。
「はい⭐︎そういうわけで解散解散⭐︎
荷物まとめてとっとと出てってね〜」
叔父が軽快に手を叩く。
僕を襲った連中は、観念したように動き出した。
「紫苑ちゃん」
叔父の手が、僕の頭の上に置かれた。
「勘違いすんなよ。俺は別にお前の味方じゃない」
温かくも、冷たくもない手だった。
「かといってじいさんの味方でも、蒼ちゃんの味方でもない。俺は俺の味方なだけ⭐︎お前もそうだよ」
——僕の味方は、僕だけ。
叔父の手を振り払う。
「……そうだね」
わかってたじゃないか。
最初から、
“久世紫苑”を見てるやつなんかいない。
「何を信じればいいかは自分で決めな」
ここは、久世本家。
僕は、普通の子どもじゃない。
信じられるのは、自分だけ。
「天才なんだし?」
叔父が何を言いたかったのかなんて、
今でも知らない。
ただ、あの時の僕は——
信じられるのは、自分だけ。
そう理解した。
誰も、いらない。
僕は、ゆきむすめにはならない。
「まだ子どもなんだからさ」
叔父がいつも通り笑って言ったその言葉は、
僕の心には響かなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:8月14日21時
第二百七十三話 Episode:紫苑【春】




