第二百七十話 Episode:紫苑【凡才】
八歳の時。
僕は初めて、久世家以外の後継者候補に出会った。
三流派の“特訓”。
それは名ばかりで、
実際は次世代の値踏みだった。
霧島家の後継者候補は、
僕と同い年の女だった。
霧島響。
こいつは弱かった。
模擬戦なんかしなくても、
僕と響の間には歴然とした差があった。
それでも、
やれと言われたからやった。
それから、
御影家の後継者候補。
御影篝。
僕より一つ年下の、
病気の子どもだった。
霊力だけ強くて身体は脆い。
浅葱と同じ、欠陥品だ。
——なのに。
母親は、
大事そうに篝のことを抱えていた。
父親も、
優しい眼差しで篝のことを見ていた。
……理解できなかった。
よくわからないモヤモヤした感情が、
僕の中で動いた。
だからだろう。
バチィッ!!
「……あっ!」
僕の飛ばした霊力が、
訓練場の隅にいた篝に当たる。
「ごめん、手が滑った」
まあ、
僕にも多少子どもらしさが残ってたわけだ。
「かがちゃん!!」
母親が篝を抱きしめた。
「紫苑くん……!
やって良いことと悪いことがわからないのか!?」
父親は僕を嗜めた。
それが余計に、僕を苛立たせた。
——良いことと、悪いこと?
「あはははは!紫苑ちゃんおもろ!!」
叔父は笑ってたし。
ばあちゃんだって、何も言わなかった。
——蒼嶺だって。
「紫苑。篝くんは病気なんだから」
薄く笑って、篝のことを見下してた。
——ほらな。
力のあるやつが正義。
「欠陥品」
それからも、
僕は篝に会うたび意地悪な言葉をかけ続けた。
「宝の持ち腐れだね」
とにかく。
初めて会った時からずっと、僕は篝が嫌いだった。
そうして、
あの日の“特訓”は僕が圧勝して終わった。
響にも、はとこの奏にも。
それから、蒼嶺にも。
「はあっ!!」
蒼嶺が床を蹴った。
思ったより、速い。
少なくとも、さっきまでよりは退屈しなさそうだった。
毎日、ちゃんと訓練してるんだろうね。
でも。
「遅いね」
「……っ!?」
振り抜かれた拳をかわして、
蒼嶺の胸元へ指を伸ばした。
圧縮された霊力を弾く。
バチィッ!!
「ぐっ……!!」
蒼嶺が畳を転がった。
「……まだ……!」
すぐに立ち上がる。
また向かってくる。
何度倒しても。
何回でも。
——『……まだ、です……!』
響も、奏も、そうだった。
「はぁ……はぁ……っ」
——何で?
勝てないって、
本人が一番わかってるはずなのに。
「……俺は……お前より、強くなる……!」
ああ。
「そっか」
——凡才って、こういうものなのか。
僕には、よくわからない。
もう一度、蒼嶺を畳へ沈めた。
「頑張ってね」
「……くっ……!」
あの時の、蒼嶺の心底悔しそうな顔より、
ばあちゃんの満足そうな笑顔の方が頭に残ってる。
……死ぬほど気持ち悪かったから。
「あーあ⭐︎やっぱ蒼ちゃん負けちゃった⭐︎」
叔父も笑っていた。
だけど——
「じいさん、どうするよ?」
「……紫苑……」
じいちゃんだけは、
一ミリも笑っていなかった。
それもそうだ。
三流派の当主や祓い師が見守る中、
僕は蒼嶺よりも強いことを証明したのだから。
そして、この頃から——
僕は外出時、頻繁に奇襲を受けるようになった。
仕向けられた霊。
知らない祓い師。
まあ、じいちゃん派の刺客だろうね。
その度に返り討ちにしてやったけど。
「しばらく、家と学校以外の外出を控えよ」
それ以降、
僕はほとんどの時間を一人で過ごした。
厳密に言うと、一人じゃない。
侍従の見張り付きだったから。
小学校では、
「みんな外でドッヂボールしてるよ。
紫苑くんも行ってきたら?」
気にかけてくれる教師もいた。
「……僕、やりたいって言ってないけど」
ドッヂボールして、何か役に立つの?
「やれと言うならやりますけど」
「ううん。無理してやらなくても良いよ」
——どっちなんだよ。
「紫苑くんは、一人が好きなんだね」
人数に、好きとか嫌いとかあるの?
次第に、教師は僕に声をかけなくなった。
クラスの子どもも僕に声をかけなくなった。
気づけば——
僕は“話しかけちゃいけない存在”になっていた。
「紫苑くん。お父さんもお母さんもいないんだって。
そういう子には、関わらない方がいいってママが言ってた」
「紫苑くんって、ギフテッドってやつなんだって!
先生が言ってた!」
「俺らとは違う世界の子なんだよ」
——そう。
僕は特別な存在なんだ。
呑気に生きてるお前らとは違う。
だから、友達なんて必要ない。
だけど。
「紫苑様。お帰りなさい」
「……うん」
爺や。
物心ついた頃から、
僕のお世話をしてくれた侍従のひとり。
久世家の他の人間と違ってピリピリしてなくて、
どこか温かい雰囲気のある人だった。
爺やの顔を見ると、息が楽にできた。
ほんのちょっとだけ、ね。
「爺やって、みんなとちょっと違うよね」
「……そうですかね?」
「うん」
——そう思ってしまったのが、
間違いだったと気づくのは、すぐだった。
僕の生きる世界には、
信用できる人間なんて、
誰一人いないのに。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:8月12日21時
第二百七十一話 Episode:紫苑【ゆきむすめ】




