第二百六十七話 届いた声
***
Side:柊
僕の拳が当たったのは、狛さんの背中だった。
「……あ……」
狛さんは紫苑さんを庇いながら、
振り返って僕を見た。
「柊。やめろ」
鋭い眼差し。
僕は立ち上がって、紫苑さんの身体から離れた。
「……はぁ」
狛さんに支えられながら、紫苑さんが上体を起こす。
——どうして、狛さんが。
「その人を庇うんですか!?」
「……柊、落ち着け」
狛さんが立ち上がって僕を見た。
——『狛くんの家はね、久世家と深い関わりがあるんです』
久世家の護衛役。
守るための一族。
「紫苑さんが……久世の人間だからですか……?」
「違う」
「じゃあ何で!?」
「紫苑だからだ」
その言葉に、
紫苑さんの肩がわずかに揺れた。
でも、それって。
「友達だったら、間違ってても守るってことですか?」
「間違ってるかどうかと、守るかどうかは別だ」
「だけど——!」
『おい柊!』
「あ……」
颯。
『よく見ろ!お前、紫苑殺す気だったのかよ!』
座り込んだ紫苑さんが、
目線を上げて僕を見ていた。
口元から流れる血。
腫れ上がった頰。
——僕が、やった?
『狛さんはお前を止めたんだよ!』
僕、何発殴った?
覚えてない。
もし、狛さんが止めてくれなかったら……?
自分の手を見る。
手の甲に、
紫苑さんの血が滲んでいた。
『おい!聞いてんのか柊!!』
——どうしよう。
『守りたいんだろ!?』
「——っ!!」
やっと、
颯の声が届いた。
僕は、守りたかったんだ。
「……うっ」
紫苑さんが立ち上がろうとして、顔をしかめた。
守りたかっただけなのに……!
「ごめんなさい……!」
本当は、もっと言わなきゃいけない。
だけど——
ゴオォォォッ!!
凄まじい焔が、
屋敷の北側から伸びた。
——篝くん!?
熱い。
何もかも焼き尽くすような勢い。
ここは御影本家なのに。
ザバァッ!!
屋敷の縁側から、水流が押し寄せた。
——狭霧さんだ。
水流が焔へぶつかり、
一瞬だけ、火勢が弱まった。
けれど。
ジュウウウウッ!!
白い蒸気が爆発するように広がった。
「……くっ……」
水が、追いつかない。
ザバァッ!!
「……篝!!しっかりしろ!!」
狭霧さんが叫んだ。
それでも、焔は止まらない。
庭を。
屋敷を。
瞬く間に侵食していく。
「止めなきゃ……!」
僕が走り出そうとした、その時。
ゴオォォォッ!!
燃え盛る焔が行く先を塞いだ。
「……熱……っ!」
進めない……!
「あーあ⭐︎」
背後から、
紫苑さんの声がした。
振り返る。
「篝様、何やってんの⭐︎」
紫苑さんは狛さんの肩を借りながら立ち上がると、
血の混じった唾を地面へ吐き出した。
そうだ。
さっき、
紫苑さんは篝くんの焔を防いでいた。
霊力の壁。
あれを作れば——!
僕は急いで霊力を纏った。
『行けんのかよ!?』
「行く!!」
躊躇わなかった。
焔の中へ飛び込む。
——熱い。
それでも、耐えられる。
「……篝くん!!」
篝くんの気配を辿って、
焔の中を走った。
ドクン……
ドクン……
ドクン……
心音が、聞こえる。
「こっちだ!」
三つの心音が、同じ場所で重なっている。
燃え盛る火の中、
球状の蒼い焔が見えた。
その中心に——篝くん。
まるで、
蒼い焔に守られてるみたいだった。
僕はその中へ手を伸ばした。
「篝くん!!」
……パシッ。
——冷たい。
掴んだ篝くんの手首は、
氷みたいに冷えていた。
こんな焔の中にいるのに。
篝くんが振り返る。
「篝くん!僕だよ!!」
返事はない。
篝くんの瞳の中に僕が映る。
だけど、焦点が合わない。
「……柊くん……?」
消え入りそうな声だった。
「どうしたの!?何があったの!?」
篝くんの両肩を掴んだ。
「……君は、綺麗だよね」
「は!?」
「純粋で、真っ直ぐで。
それに、生まれた時から健康だ」
『おい篝!何の話してんだよ!!』
「……やっぱり御影家には、君が相応しいよ」
『そんなこと今どうでも良いだろ!?焔止めろよ!!』
「“そんなこと”、か」
ゴオォォォッ!!
焔が爆発するように膨れ上がる。
「うわぁ!!」
僕は後方へ弾かれた。
焔が視界を遮って、
もう、篝くんの姿が見えない。
「篝くん!!」
止めないと。
無理やりでも、押さえつけて——。
「……っ」
さっきまで紫苑さんを殴っていた手が、目に入った。
——違う。
それじゃ、また同じだ。
僕は何のために、ここまで来たんだ。
この力で、篝くんを倒したいんじゃない。
「篝くん!!」
ちゃんと、話を聞きたい。
パリ……。
僕を纏う霊力の防壁が軋む。
『おい柊!もたねぇぞ!!』
「でも……!」
——『僕は、君の味方でいるよ』
約束したんだ。
「篝くん!!」
もう一度叫ぶ。
それでも。
焔は止まらなかった。
パリ……パリパリ……。
守りが崩れる。
『柊!!』
颯が叫んだ、その時。
紫色の光が瞬いた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:8月9日15時
第二百六十八話 ばいばい⭐︎




