第二百六十五話 僕たちの答え
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数分前。
離れの北側。庭園。
柊と紫苑から少し離れた場所で、
篝は蒼嶺と向き合っていた。
「篝。二人の戦いを邪魔するのは良くないよ」
蒼嶺は、拳を交える柊たちを見ながら言った。
「……三人です」
「一人は霊だろう?」
——久世家の人間は、霊を人としてカウントしない。
「霊も元は僕たちと同じです」
「君は、そんなことを言う人だったっけ?」
蒼嶺が嘲笑う。
「霊を縛り付けて生きている君が」
「違う……!」
篝は蒼嶺を睨みつけた。
「違わないから、共霊を使うんだろう」
蒼嶺の背後にふわりと霊が現れる。
——男の子の霊。
幼い。十歳にも満たないのではないか。
肩口で切り揃えられた、翡翠色の直毛が揺れている。
この髪型に、この気配。
——まさか。
「久世家の……!?」
「そう。久世浅葱」
「……」
男の子——浅葱は、虚な瞳をしていた。
「俺の兄さんだよ」
「は……!?」
「身体が弱くて、幼くして亡くなってしまったけどね」
蒼嶺の言葉に、
篝の心臓が大きく脈打った。
——もし、僕が灯と宵に出会っていなかったら。
「だけど霊力は本物だよ。
だからこうやって、とっておいたんだ」
——とっておいた?
戦力として使うために?
家族を?
「身内なら、彼の未練が何かわかっているのでは?」
篝は拳を握り締めた。
「成仏させられますよね?」
「成仏?」
蒼嶺は小さく笑った。
「じゃあ君の双子も成仏させてあげたら良いじゃないか」
「……っ、それは……!」
——言い返せない。
僕も、宵と灯を縛り付けている。
この男と、同じだ。
「それに、兄さんは久世に生まれた。
久世のために使われるのが一番幸せなんだよ」
「……」
浅葱は何も言わない。
まるで、心を無くした人形のようだった。
『そんな風には思えませんわ』
口を開いたのは、灯だった。
『私と宵は、望んで篝様のお側にいますの』
『そうだ。その子と僕たちは違う』
「灯……宵……」
「……篝は御影の中でも、理解がある子だと思ってたんだけど」
ブワァッ!!
浅葱は翡翠色の光へ変わり、蒼嶺の身体へ吸い込まれた。
蒼嶺の青髪に、翡翠色が混じる。
片方の瞳が、浅葱と同じ色へ染まった。
共霊。
冷たすぎる気配。
「霊に毒されたみたいだね」
蒼嶺の瞳が、真っ直ぐに篝を捉えた。
——違う。
共霊じゃない。
あれは、拘束だ。
「間違ってる……!」
篝は下唇を噛み締めた。
「そうかな?」
蒼嶺の片目が翡翠色に光る。
「どちらが正しいか、決めようか」
ドガッ!!
——速い。
一瞬、反応が遅れた。
痺れた両腕で、なんとか蹴りを受け止める。
『篝様、代わります!!』
「……お願い」
宵が身体の主導権を握る。
バキィッ!!
蒼嶺の脇腹へ蹴りを捩じ込んだ。
「……っ」
蒼嶺が後方へ弾かれる。
宵が一気に踏み込む。
ヒュッ!
宵の身体が宙を舞った。
ドガッ!!
一撃。
蒼嶺の肩を蹴り抜く。
その反動で宙返りするように身体を捻り、
ドゴォッ!!
逆の脚が、蒼嶺の頬を捉えた。
蒼嶺の身体が吹き飛ぶ。
外壁へぶつかる直前、
蒼嶺は素早く体勢を立て直した。
「なるほど」
蒼嶺は翡翠色の片目を細めた。
「焔より体術を優先するんだ」
次の瞬間。
蒼嶺が地面を踏み抜いた。
『宵!』
「問題ありません!篝様!」
間合いが消える。
ガキィンッ!!
拳と拳がぶつかり合う。
肘。
蹴り。
二人の攻防が火花を散らす。
バキィ!!
宵は、蒼嶺の拳を両手で受け止めた。
『灯!』
『お任せ下さいませ♡』
その瞬間——
ボウッ!!
宵の両手から緋い焔が吹き出した。
蒼嶺が後方へ飛んで避ける。
「随分と慎重に焔を使うんだね」
『……そうかもしれませんね』
篝が静かに答えた。
——残せる力は、もう多くない。
それでも、以前なら。
迷わず庭を焼き尽くしていただろう。
祓い師なら、
自分の身は自分で守るものだと思っていたから。
「——だけど」
ヒュッ!!
蒼嶺が、一瞬で宵の目前へ迫る。
翡翠色の瞳が光った。
「どこまでもつのかな?」
ドガッ!!
蒼嶺の蹴りが宵の腕へ叩き込まれた。
宵の身体が横へ流される。
その先に崩れかけた石灯籠。
ボウッ!!
蒼い焔が宵の背後へ広がった。
石灯籠へぶつかる寸前——
バァンッ!!
焔が衝撃を弾く。
宵の身体が軌道を変え、地面へ着地した。
「灯!」
宵が灯を呼ぶ。
ゴオッ!!
宵の手元から、
緋い焔が一直線に蒼嶺へ走った。
「……」
蒼嶺が身を翻す。
宵はもう踏み込んでいた。
バキィッ!!
蒼嶺の腕を蹴り上げる。
続けて身体を沈め、
ドゴッ!!
脇腹へ拳を捩じ込んだ。
「……っ」
蒼嶺が数歩後退する。
庭は燃えていない。
石灯籠も、
木々も。
緋い焔が狙ったのは、蒼嶺だけだった。
宵の掌に、緋い焔が灯る。
『もう、違うんですよ』
守る力は、誰かを犠牲にして振るうものじゃない。
——『みんなを守るために使うよ』
篝の脳裏に、あの日の柊の言葉が蘇る。
『……君が、気づかせてくれたんだ』
『ええ♡』
「そうですね、篝様」
——三人の想いが、静かに重なった。
その時、
「今更、反省した?」
蒼嶺が笑った。
「焼いた命は戻らないよ」
夜風が、湿った庭へ吹き抜ける。
「どれだけ綺麗事を並べてもね」
『……え?』
「人を殺したことを、忘れちゃいけないよ」
「おい!貴様——!」
宵が叫んだ。
同時に、篝の意識が前へ出る。
「……っ」
篝の瞳がわずかに揺れた。
「思い出させてあげるよ」
屋敷の西側から、
柊と紫苑がぶつかり合う轟音が響いた。
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※次回更新:8月8日15時
第二百六十六話 君みたいには




