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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
離れられない心音

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第二百六十五話 僕たちの答え


 ***


 数分前。


 離れの北側。庭園。

 

 柊と紫苑から少し離れた場所で、

 篝は蒼嶺と向き合っていた。


「篝。二人の戦いを邪魔するのは良くないよ」


 蒼嶺は、拳を交える柊たちを見ながら言った。


「……三人です」


「一人は霊だろう?」


 ——久世家の人間は、霊を人としてカウントしない。


「霊も元は僕たちと同じです」


「君は、そんなことを言う人だったっけ?」


 蒼嶺が嘲笑う。


「霊を縛り付けて生きている君が」


「違う……!」


 篝は蒼嶺を睨みつけた。


「違わないから、共霊を使うんだろう」


 蒼嶺の背後にふわりと霊が現れる。


 ——男の子の霊。

 幼い。十歳にも満たないのではないか。


 肩口で切り揃えられた、翡翠色の直毛が揺れている。


 この髪型に、この気配。

 ——まさか。


「久世家の……!?」


「そう。久世浅葱(あさぎ)」


「……」


 男の子——浅葱は、虚な瞳をしていた。


「俺の兄さんだよ」


「は……!?」


「身体が弱くて、幼くして亡くなってしまったけどね」


 蒼嶺の言葉に、

 篝の心臓が大きく脈打った。


 ——もし、僕が灯と宵に出会っていなかったら。


「だけど霊力は本物だよ。

 だからこうやって、とっておいたんだ」


 ——とっておいた?

 戦力として使うために?


 家族を?


「身内なら、彼の未練が何かわかっているのでは?」


 篝は拳を握り締めた。


「成仏させられますよね?」


「成仏?」


 蒼嶺は小さく笑った。


「じゃあ君の双子も成仏させてあげたら良いじゃないか」


「……っ、それは……!」


 ——言い返せない。

 僕も、宵と灯を縛り付けている。


 この男と、同じだ。


「それに、兄さんは久世に生まれた。

 久世のために使われるのが一番幸せなんだよ」


「……」


 浅葱は何も言わない。

 まるで、心を無くした人形のようだった。


『そんな風には思えませんわ』


 口を開いたのは、灯だった。


『私と宵は、望んで篝様のお側にいますの』


『そうだ。その子と僕たちは違う』


「灯……宵……」


「……篝は御影の中でも、理解がある子だと思ってたんだけど」


 ブワァッ!!


 浅葱は翡翠色の光へ変わり、蒼嶺の身体へ吸い込まれた。


 蒼嶺の青髪に、翡翠色が混じる。

 片方の瞳が、浅葱と同じ色へ染まった。


 共霊。


 冷たすぎる気配。


「霊に毒されたみたいだね」


 蒼嶺の瞳が、真っ直ぐに篝を捉えた。


 ——違う。

 共霊じゃない。


 あれは、拘束だ。


「間違ってる……!」


 篝は下唇を噛み締めた。


「そうかな?」


 蒼嶺の片目が翡翠色に光る。


「どちらが正しいか、決めようか」


 ドガッ!!


 ——速い。


 一瞬、反応が遅れた。


 痺れた両腕で、なんとか蹴りを受け止める。


『篝様、代わります!!』


「……お願い」


 宵が身体の主導権を握る。


 バキィッ!!


 蒼嶺の脇腹へ蹴りを捩じ込んだ。


「……っ」


 蒼嶺が後方へ弾かれる。


 宵が一気に踏み込む。


 ヒュッ!


 宵の身体が宙を舞った。


 ドガッ!!


 一撃。


 蒼嶺の肩を蹴り抜く。


 その反動で宙返りするように身体を捻り、


 ドゴォッ!!


 逆の脚が、蒼嶺の頬を捉えた。


 蒼嶺の身体が吹き飛ぶ。


 外壁へぶつかる直前、

 蒼嶺は素早く体勢を立て直した。


「なるほど」


 蒼嶺は翡翠色の片目を細めた。


「焔より体術を優先するんだ」


 次の瞬間。


 蒼嶺が地面を踏み抜いた。


『宵!』


「問題ありません!篝様!」


 間合いが消える。


 ガキィンッ!!


 拳と拳がぶつかり合う。


 肘。


 蹴り。


 二人の攻防が火花を散らす。


 バキィ!!


 宵は、蒼嶺の拳を両手で受け止めた。


『灯!』


『お任せ下さいませ♡』


 その瞬間——


 ボウッ!!


 宵の両手から緋い焔が吹き出した。


 蒼嶺が後方へ飛んで避ける。


「随分と慎重に焔を使うんだね」


『……そうかもしれませんね』


 篝が静かに答えた。


 ——残せる力は、もう多くない。


 それでも、以前なら。


 迷わず庭を焼き尽くしていただろう。


 祓い師なら、

 自分の身は自分で守るものだと思っていたから。


「——だけど」


 ヒュッ!!


 蒼嶺が、一瞬で宵の目前へ迫る。

 

 翡翠色の瞳が光った。


「どこまでもつのかな?」


 ドガッ!!


 蒼嶺の蹴りが宵の腕へ叩き込まれた。


 宵の身体が横へ流される。


 その先に崩れかけた石灯籠。


 ボウッ!!


 蒼い焔が宵の背後へ広がった。


 石灯籠へぶつかる寸前——


 バァンッ!!


 焔が衝撃を弾く。


 宵の身体が軌道を変え、地面へ着地した。


「灯!」


 宵が灯を呼ぶ。


 ゴオッ!!


 宵の手元から、

 緋い焔が一直線に蒼嶺へ走った。


「……」


 蒼嶺が身を翻す。


 宵はもう踏み込んでいた。


 バキィッ!!


 蒼嶺の腕を蹴り上げる。


 続けて身体を沈め、


 ドゴッ!!


 脇腹へ拳を捩じ込んだ。


「……っ」


 蒼嶺が数歩後退する。


 庭は燃えていない。


 石灯籠も、

 木々も。


 緋い焔が狙ったのは、蒼嶺だけだった。


 宵の掌に、緋い焔が灯る。


『もう、違うんですよ』


 守る力は、誰かを犠牲にして振るうものじゃない。


 ——『みんなを守るために使うよ』


 篝の脳裏に、あの日の柊の言葉が蘇る。


『……君が、気づかせてくれたんだ』


『ええ♡』


「そうですね、篝様」


 ——三人の想いが、静かに重なった。


 その時、


「今更、反省した?」


 蒼嶺が笑った。


「焼いた命は戻らないよ」


 夜風が、湿った庭へ吹き抜ける。


「どれだけ綺麗事を並べてもね」


『……え?』


「人を殺したことを、忘れちゃいけないよ」


「おい!貴様——!」


 宵が叫んだ。

 

 同時に、篝の意識が前へ出る。


「……っ」


 篝の瞳がわずかに揺れた。


「思い出させてあげるよ」


 屋敷の西側から、

 柊と紫苑がぶつかり合う轟音が響いた。


 

読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:8月8日15時

第二百六十六話 君みたいには

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