第二百六十三話 守る理由
「おい雑魚霊」
紫苑は立ち上がって膝を叩いた。
一歩ずつ、
畳を踏みしめ、俺の方へ歩いてくる。
「思い上がんなよ」
「……は?」
「だってさ〜⭐︎?」
紫苑はいつもの笑顔を見せた。
目が、笑ってねぇ。
「そもそもお前、
柊がいなかったら事故で死んでたじゃん⭐︎」
ドクン!
心臓が大きく跳ねた。
「でも半霊だから、半分死んでんのか⭐︎
霊力ゼロってうけるよね⭐︎」
「……っ」
心臓の音が速い。
勝手に呼吸が浅くなる。
「誰も触れなーい⭐︎誰も守れなーい⭐︎」
こめかみに残る痛みが、
急に強くなった気がした。
「柊の身体で⭐︎」
紫苑が指を一本立てる。
「柊の霊力使って⭐︎」
二本。
「柊に守られて⭐︎」
三本。
その指先が、俺を指した。
「最後にちょっと風を足しただけ⭐︎」
「……っ」
「それで自分の力だと思ったの⭐︎?」
握りしめた拳が震えた。
違う。
今のは、俺が殴った。
俺たちで、戦った。
「お前の風だけじゃ、僕の守りに触れることすらできなーい⭐︎」
「……うるせぇ」
「柊はお前がいなくても戦える⭐︎でもお前は⭐︎?」
「……俺は……」
「柊泣かせるオモチャとしては優秀だけど〜⭐︎」
紫苑の声が低くなる。
「それ以外に、お前って存在する意味あんの?」
胸の奥を、鋭い何かで抉られた。
ずっと心の奥で目を逸らしてきたものを、
言葉にされてしまった。
「……っ……」
何も言えねぇ。
この身体は、柊のもの。
今使ってる霊力も、
柊の中で目覚めた力。
——『つまり、ほとんどが柊の力だったってわけ⭐︎』
——『僕はもう、守られる側じゃないから』
——『だから僕も君を守るよ』
頭の中で、
聞きたくなかった言葉が次々と蘇る。
柊は、特別。
一人でも戦える。
じゃあ、俺は?
俺がここにいる意味は?
『違う!!』
柊の声が響いた。
『颯も、僕を守ってる!僕には颯が必要だ!!』
「……柊……!」
……俺だって、そう思ってる。
「意味不明⭐︎」
紫苑が小さく首を傾げた。
『それに颯がいなかったら、僕は今ここにいない!!』
「ああ。雑魚霊が庇ったんだっけ⭐︎?」
「……あっ……」
あの事故を思い出す。
「お前が中途半端にこの世に残ったせいで、結局柊を危険な目に遭わせてるよね⭐︎」
——俺が、半霊になったせいで。
柊は、祓い師の世界に巻き込まれた。
何度も、敵に殺されそうになった。
じゃあ、どうしたら良かった?
庇わなければ良かった?
——違う。
——『……ふはっ……!』
五年間、笑わなかった柊が笑った。
あの笑顔を守れるなら。
俺は何回でも、柊を庇う。
守るのに、理屈なんかいらねぇ。
「……そうだった」
——ガキの頃。
木の上で降りれなくなって、泣きそうになってた俺。
——『颯、今助ける!』
木登りなんか得意でもねぇくせに。
迷わず必死に登ってきた。
結局、自分が落ちて怪我してた。
……弱かった。
木から俺を下ろしたのは親父だ。
でも。
俺は心細くなかった。
兄貴が助けようとしてくれた。
それだけで、十分だった。
あの頃から、何も変わってねぇ。
「お前が死んでたら、超感動話で終わってたのにね⭐︎」
俺が、死んでたら良かったって?
「……死んだら……」
そんなの。
——『俺がずっと、守ってやる!』
「死んだら守れねぇだろ!!」
約束したんだよ。
守るって!!
「あは⭐︎そもそも弱い奴に守れるわけないじゃん⭐︎」
「……弱ぇよ」
俺は真っ直ぐ紫苑を見た。
「だから何だ」
守るって、
ただ強い奴がやることじゃねぇ。
「半霊とか天才とか、そういうの関係ねぇんだっつの!
家族なんだよ!!」
——『今日から、私たちは家族だよ』
——『ぼくと、はやて。きょうだいになるんだ』
あの日から、何も変わってねぇんだよ。
「それだけ!!」
紫苑の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「……」
『颯……!』
「……はいはい。僕とは根本的に違うわけね」
紫苑が目を伏せる。
「雑魚見捨てない倫理観⭐︎?
家族愛⭐︎?ほんと綺麗事だね⭐︎」
『紫苑』
「は⭐︎?呼び捨てすんな——」
『黙れ』
俺が前にいるはずなのに、
身体が勝手に動く。
ガキィンッ!!
拳と紫苑の腕がぶつかった。
「二度と颯を雑魚って呼ぶな」
その声は、もう俺のものじゃなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:8月7日21時
第二百六十四話 守るために




