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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
離れられない心音

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第二百六十話 戦う理由


 ***


 Side:柊


 狭霧さんの部屋、その縁側の先。

 

 へし折れた楓の木。

 水浸しの庭。


 地面に倒れ込む、狭霧さん。


「父さん!!」


 篝くんが狭霧さんの元へ駆け寄った。


 僕の目の前で、紫苑さんが笑う。


「ヒーローきどり⭐︎?」


「……御影家を潰しに来たんですね?」


「たった今、潰し損ねたけどね⭐︎」


 紫苑さんが僕の後ろ——狭霧さんを指さした。


「お前のせいで⭐︎」


「……うっ……」


 狭霧さんの息が小さく漏れる。


 僕は、紫苑さんを睨みつけた。


「御影家の人たちまで傷つけて……何がしたいんですか?」


 結界が破られてから、すでに三十分近く。

 屋敷のあちこちでは今も戦闘が続いている。


「言ったじゃん⭐︎好きにしてるだけだって⭐︎」


『お前なぁ!!』


 僕の中から颯が叫んだ。


『篝は俺らの味方だっただろ!!』


「別に僕はあいつに恩とかないし⭐︎」


 紫苑さんが屋根を見上げる。


「蒼嶺⭐︎来たよ、サラブレッド⭐︎」


 ——“蒼嶺”。


 僕はゆっくりと視線を上げた。


 屋根瓦の上。

 青灰色の着物に身を包んだ青年と目が合う。


 葵さんと同じく、髪は肩口で切り揃えられていた。


「……久世蒼嶺」


 ——強い。


 だけど、紫苑さんとは何かが違う。


「……サラブレッドって?」


 蒼嶺が眉をひそめる。


「見てればわかるよ⭐︎」


「紫苑さん」


 僕は紫苑さんへ視線を戻した。


 レプリカ拳銃の件、

 狠くんは、“蒼嶺様の指示”だと言った。


 そして、

 この人も久世蒼嶺と動いている。


 きっと何かある。


 そう思う僕と、

 そんなことどうでも良いと思う僕もいた。


 たとえ事情があったとしても、

 御影家を傷つけていい理由にはならない。


「——許しませんよ」


 僕の中で、二人分の怒りが膨らんだ。


「こんなこと、狛さんも許さないと思います」


「は?」


 紫苑さんの顔から笑みが消えた。


「いないやつのことなんて、どうでもいいんだけど」


『んなわけねぇだろ』


 そうだ。

 僕たちは、二人の関係を見てきた。


「親友なんですよね?」


「……」


 紫苑さんは何も答えず、鉄槌を肩に担いだ。


「説教って、強いやつの特権なんだけど⭐︎」


 紫苑さんがいつもの笑顔に戻る。


「お前、僕に勝てると思ってるの⭐︎?」


「……っ」


 紫苑さんに勝つ?


 僕が答えに詰まった、その一瞬——


「無理じゃない⭐︎?」


 間合いを詰められた。


 ——速い!


 下から鉄槌の影が迫る。


 身体を反らして避けた。

 

 今度は上から鉄槌が落ちる。


 ガッ!!


 僕は咄嗟に両手で鉄槌を受け止めた。


「……くっ……!」


 足元がぬかるんでいる。

 靴底がじりじりと滑っていく。


 ——押し負けたらやられる。


 ブワァッ!!


 両手に霊力を出力した。


「へぇ⭐︎」

 

 紫苑さんが目を細める。


 次の瞬間、

 鉄槌から急に力が抜けた。


「え!?」


 押し返していた身体が、勢いのまま前へ流れる。


 ——まずい!


 ドガァッ!!


 紫苑さんの膝が僕の顔面を捉えた。


「……っ!!」


 激痛。

 

 視界が白む。


『柊!!』


 そのまま——


 ドゴッ!!


 紫苑さんの足裏が、みぞおちへ深く食い込んだ。


「……かっ……」


 肺の空気が抜ける。


 僕は後方へ飛ばされ、楓の木の残骸に背中を打ち付けた。


「……ぐ……」


 うっすらと目を開ける。


「おはよ⭐︎」


 真っ先に紫苑さんの笑顔が見えた。


 ぴとっ。


 紫苑さんの人差し指が僕の額へ触れる。

 その指先へ、霊力が集まっていた。


「しまっ——」


 ボウッ!!


 緋い火柱が走った。

 紫苑さんが焔に包まれる。


「この焔……!」


 振り返ると、

 狭霧さんを縁側へ横たえた篝くんが焔を放っていた。

 

「柊くん!体勢を立て直すんだ!!」


 篝くんの頭上から、青灰色の影が落ちる。


 ドガァッ!!

 

 蒼嶺の蹴りが、篝くんを横から打ち抜いた。


 篝くんが庭を転がる。


「篝くん!!」


「よそ見してる場合⭐︎?」


 頭上で、風が唸った。


 鉄槌が落ちる。


「っつ!!」


 間一髪、横に転がって避けた。

 すぐに立ち上がって構える。


 ——横から!


 ガッ!!


 僕は鉄槌を握る紫苑さんの手首を掴んだ。


「わお⭐︎」


 至近距離で、目が合う。


 ——怯むな!


 そのまま手首を引く。

 紫苑さんの身体が、抵抗もなく前へと傾いた。


 空いた腹へ、右足を振り抜いた。


 ガキッ!!


「……っ!?」


 足が、硬い何かに弾かれた。


 人間の身体に当たった感触じゃない。


 一旦退いて距離を取った。


「いたーい⭐︎」


 紫苑さんが鉄槌を両手で掲げて伸びをした。


 僕の蹴りだけじゃない。

 篝くんの焔を受けても、傷ひとつない。


 ——何故だ?


 スピードは追いつけるのに、

 攻撃が通らない。


「さて、そろそろ本気出そっかな⭐︎?」


 ゾクッと、背筋が凍った。


「今度こそ消えちゃうかもね⭐︎」


 消える?


 また、

 あの術で颯を?


 いや、術を使わなくてもこの人なら……!


 心臓が鼓動を早める。


 だめだ。

 止めなきゃ。


 でも、攻撃が効かない。

 勝ち筋が見えない。


『柊』


 このままじゃ、颯を守れない。


『おい、柊!』


 耳鳴りがする。


 ——怖い。


『兄貴!!』


「え……!?」


 今、

 

 “兄貴”って呼んだ。


『消えねぇから!』


 颯の声が聞こえる。


『心配されるとムカつくっつってんだろ!?』


「あ……」


 さっきも、言われた。


 ——そういうことか。


 また、僕の悪い癖が出ていた。


 “ごめん”

 そう言いかけて、口をつぐんだ。


 違う。

 颯が欲しいのは、謝罪じゃない。


 ——『共霊ってね、お互いを受け入れ、魂を重ね合わせることなんだよ』


 答えは、とっくに知っていた。

 

 信じることだ。


 それなのに、颯を失うのが怖くて、

 また一人で全部背負おうとしていた。


「颯」


 君は消えない。


 幼いあの日から、

 

 僕たちには、約束がある。

 

「君を信じてる」


『……最初からそう言えよ』

 

「うん。僕たちは兄弟だから」


『……まだ、言いてぇことはあるけどな』


「後で、ちゃんと聞くよ」


 颯を信じる。

 今度こそ、二人で戦う。


 でも、守りたいものは他にもある。


「……柊くん……」


 縁側から、狭霧さんの声が聞こえた。


「私は……逃げるように……指示を出したはずだよ」


「逃げません」


 迷いはなかった。


 母さんが生まれ育った家。


 僕たちを守ろうとしてくれた人たち。


 今度は、僕たちが守る。


 ——“颯が奪われるかも”って?


「……奪わせない」


 そうだろ?颯。


「紫苑さん」


「何⭐︎?」


「訂正します」


 僕は紫苑さんを真っ直ぐ見た。


「僕たちが相手だ」


 紫苑さんの笑みが深くなる。


「楽しめそうじゃん⭐︎」


 ヒュッ!!


 紫苑さんの姿が消えた。


『右だ!!』


「うん!」


 振り下ろされた鉄槌を、もう一度左腕で受け止めた。


『柊!代わるか!?』


「頼む!!」


 ドクン!


 二つの心音が、重なった。


読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:8月4日21時

第二百六十一話 俺たちの力

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