第二百六十話 戦う理由
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Side:柊
狭霧さんの部屋、その縁側の先。
へし折れた楓の木。
水浸しの庭。
地面に倒れ込む、狭霧さん。
「父さん!!」
篝くんが狭霧さんの元へ駆け寄った。
僕の目の前で、紫苑さんが笑う。
「ヒーローきどり⭐︎?」
「……御影家を潰しに来たんですね?」
「たった今、潰し損ねたけどね⭐︎」
紫苑さんが僕の後ろ——狭霧さんを指さした。
「お前のせいで⭐︎」
「……うっ……」
狭霧さんの息が小さく漏れる。
僕は、紫苑さんを睨みつけた。
「御影家の人たちまで傷つけて……何がしたいんですか?」
結界が破られてから、すでに三十分近く。
屋敷のあちこちでは今も戦闘が続いている。
「言ったじゃん⭐︎好きにしてるだけだって⭐︎」
『お前なぁ!!』
僕の中から颯が叫んだ。
『篝は俺らの味方だっただろ!!』
「別に僕はあいつに恩とかないし⭐︎」
紫苑さんが屋根を見上げる。
「蒼嶺⭐︎来たよ、サラブレッド⭐︎」
——“蒼嶺”。
僕はゆっくりと視線を上げた。
屋根瓦の上。
青灰色の着物に身を包んだ青年と目が合う。
葵さんと同じく、髪は肩口で切り揃えられていた。
「……久世蒼嶺」
——強い。
だけど、紫苑さんとは何かが違う。
「……サラブレッドって?」
蒼嶺が眉をひそめる。
「見てればわかるよ⭐︎」
「紫苑さん」
僕は紫苑さんへ視線を戻した。
レプリカ拳銃の件、
狠くんは、“蒼嶺様の指示”だと言った。
そして、
この人も久世蒼嶺と動いている。
きっと何かある。
そう思う僕と、
そんなことどうでも良いと思う僕もいた。
たとえ事情があったとしても、
御影家を傷つけていい理由にはならない。
「——許しませんよ」
僕の中で、二人分の怒りが膨らんだ。
「こんなこと、狛さんも許さないと思います」
「は?」
紫苑さんの顔から笑みが消えた。
「いないやつのことなんて、どうでもいいんだけど」
『んなわけねぇだろ』
そうだ。
僕たちは、二人の関係を見てきた。
「親友なんですよね?」
「……」
紫苑さんは何も答えず、鉄槌を肩に担いだ。
「説教って、強いやつの特権なんだけど⭐︎」
紫苑さんがいつもの笑顔に戻る。
「お前、僕に勝てると思ってるの⭐︎?」
「……っ」
紫苑さんに勝つ?
僕が答えに詰まった、その一瞬——
「無理じゃない⭐︎?」
間合いを詰められた。
——速い!
下から鉄槌の影が迫る。
身体を反らして避けた。
今度は上から鉄槌が落ちる。
ガッ!!
僕は咄嗟に両手で鉄槌を受け止めた。
「……くっ……!」
足元がぬかるんでいる。
靴底がじりじりと滑っていく。
——押し負けたらやられる。
ブワァッ!!
両手に霊力を出力した。
「へぇ⭐︎」
紫苑さんが目を細める。
次の瞬間、
鉄槌から急に力が抜けた。
「え!?」
押し返していた身体が、勢いのまま前へ流れる。
——まずい!
ドガァッ!!
紫苑さんの膝が僕の顔面を捉えた。
「……っ!!」
激痛。
視界が白む。
『柊!!』
そのまま——
ドゴッ!!
紫苑さんの足裏が、みぞおちへ深く食い込んだ。
「……かっ……」
肺の空気が抜ける。
僕は後方へ飛ばされ、楓の木の残骸に背中を打ち付けた。
「……ぐ……」
うっすらと目を開ける。
「おはよ⭐︎」
真っ先に紫苑さんの笑顔が見えた。
ぴとっ。
紫苑さんの人差し指が僕の額へ触れる。
その指先へ、霊力が集まっていた。
「しまっ——」
ボウッ!!
緋い火柱が走った。
紫苑さんが焔に包まれる。
「この焔……!」
振り返ると、
狭霧さんを縁側へ横たえた篝くんが焔を放っていた。
「柊くん!体勢を立て直すんだ!!」
篝くんの頭上から、青灰色の影が落ちる。
ドガァッ!!
蒼嶺の蹴りが、篝くんを横から打ち抜いた。
篝くんが庭を転がる。
「篝くん!!」
「よそ見してる場合⭐︎?」
頭上で、風が唸った。
鉄槌が落ちる。
「っつ!!」
間一髪、横に転がって避けた。
すぐに立ち上がって構える。
——横から!
ガッ!!
僕は鉄槌を握る紫苑さんの手首を掴んだ。
「わお⭐︎」
至近距離で、目が合う。
——怯むな!
そのまま手首を引く。
紫苑さんの身体が、抵抗もなく前へと傾いた。
空いた腹へ、右足を振り抜いた。
ガキッ!!
「……っ!?」
足が、硬い何かに弾かれた。
人間の身体に当たった感触じゃない。
一旦退いて距離を取った。
「いたーい⭐︎」
紫苑さんが鉄槌を両手で掲げて伸びをした。
僕の蹴りだけじゃない。
篝くんの焔を受けても、傷ひとつない。
——何故だ?
スピードは追いつけるのに、
攻撃が通らない。
「さて、そろそろ本気出そっかな⭐︎?」
ゾクッと、背筋が凍った。
「今度こそ消えちゃうかもね⭐︎」
消える?
また、
あの術で颯を?
いや、術を使わなくてもこの人なら……!
心臓が鼓動を早める。
だめだ。
止めなきゃ。
でも、攻撃が効かない。
勝ち筋が見えない。
『柊』
このままじゃ、颯を守れない。
『おい、柊!』
耳鳴りがする。
——怖い。
『兄貴!!』
「え……!?」
今、
“兄貴”って呼んだ。
『消えねぇから!』
颯の声が聞こえる。
『心配されるとムカつくっつってんだろ!?』
「あ……」
さっきも、言われた。
——そういうことか。
また、僕の悪い癖が出ていた。
“ごめん”
そう言いかけて、口をつぐんだ。
違う。
颯が欲しいのは、謝罪じゃない。
——『共霊ってね、お互いを受け入れ、魂を重ね合わせることなんだよ』
答えは、とっくに知っていた。
信じることだ。
それなのに、颯を失うのが怖くて、
また一人で全部背負おうとしていた。
「颯」
君は消えない。
幼いあの日から、
僕たちには、約束がある。
「君を信じてる」
『……最初からそう言えよ』
「うん。僕たちは兄弟だから」
『……まだ、言いてぇことはあるけどな』
「後で、ちゃんと聞くよ」
颯を信じる。
今度こそ、二人で戦う。
でも、守りたいものは他にもある。
「……柊くん……」
縁側から、狭霧さんの声が聞こえた。
「私は……逃げるように……指示を出したはずだよ」
「逃げません」
迷いはなかった。
母さんが生まれ育った家。
僕たちを守ろうとしてくれた人たち。
今度は、僕たちが守る。
——“颯が奪われるかも”って?
「……奪わせない」
そうだろ?颯。
「紫苑さん」
「何⭐︎?」
「訂正します」
僕は紫苑さんを真っ直ぐ見た。
「僕たちが相手だ」
紫苑さんの笑みが深くなる。
「楽しめそうじゃん⭐︎」
ヒュッ!!
紫苑さんの姿が消えた。
『右だ!!』
「うん!」
振り下ろされた鉄槌を、もう一度左腕で受け止めた。
『柊!代わるか!?』
「頼む!!」
ドクン!
二つの心音が、重なった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:8月4日21時
第二百六十一話 俺たちの力




