第二百五十六話 御影の祓い師
九月三日。
ひどく暑い夜だった。
この夜のことを、
僕は一生忘れられない。
***
『何の音だよ』
颯の低い声が僕の中から響いた。
あの音には聞き覚えがある。
前に、篝くんの屋敷で聞いた音だ。
「……紫苑さん」
あの時は、
僕たちを迎えに来てくれたんだった。
きっと、今回は違う。
掌に汗が滲んだ。
「結界が破られた!!」
屋敷中が一気に騒がしくなった。
「動ける祓い師は準備せよ!」
「早く離れの方へ!!」
廊下を走る足音と、
切迫した声が客室の前を通り過ぎていく。
「久世家の祓い師だ!!」
一斉に階段を下る足音に、屋敷が揺れた。
『……今、“久世家”って言ったな?』
「うん」
——もう来た。
狙いは御影家だったんだ。
汗ばんだ拳を握りしめる。
「僕たちも行こう」
僕は襖へ向き直った。
その時。
「失礼します!緊急事態です!!
お客様は裏口からお逃げください!!」
襖が開き、現れた侍女が捲し立てるように叫んだ。
「私がご案内致します!こちらです!!」
「久世家ですよね?」
『……俺たちだけ逃げるわけねぇだろ』
「僕たちも戦います」
僕はもう、守られるだけじゃない。
「でも……!」
侍女は眉をひそめた。
「狭霧様の指示なんです!
お客様を優先して逃すようにと!!」
「狭霧さんの……!?」
「さあ早く!!
久世の者たちが屋敷まで来てしまいます!!」
侍女が素早く手招きする。
僕は侍女へ向かって叫んだ。
「裏口じゃなくて、狭霧さんのところまで僕たちを案内してください!」
「そちらには御影家の祓い師が向かっていますから!」
——“御影家の祓い師”。
「僕も行きます」
自然と口走っていた。
「僕も、御影の祓い師です!!」
『……っ』
颯の心音がわずかに乱れたのを、
この時の僕は深く考える余裕もなかった。
「そのようなことを言われましても……!」
——パシッ。
白く細い手が、侍女の腕を掴んだ。
「良いよ。君はもう行って」
侍女が顔を上げる。
「篝様……!」
「責任は僕が取るから」
篝くんは侍女の腕から手を離すと、僕の方を見た。
「今入った報告では、久世家の祓い師が数名、結界を破って敷地内に侵入してる。
久世蒼嶺と久世葵も一緒だ」
「久世……蒼嶺……」
久世家の後継者が、この屋敷まで来ている。
『お前らのこと潰しに来たのかよ』
「おそらくね。
だけど当主や久世紫乃の姿はないらしい。
随分、舐められたものだね」
『んじゃ、こっちが有利なんじゃねぇの!?』
確かに。
狭霧様もいる。
そう簡単には突破されないはずだ。
「……本当に、蒼嶺と葵だけならね」
バチィッ!
屋敷の外から霊力が弾ける音が響く。
篝くんが息を吐いた。
「紫苑くんも来てるね」
「……っ」
もう、始まってる。
「霧島家から応援が到着するまでには時間がかかる。
それまでこちらが持つかどうかわからない」
『お前の親父でもダメなのかよ!?』
「紫苑くんが本気で来るなら敵わないだろうね」
『はぁ!?当主なんだろ!?』
「……」
篝くんの視線が僕を捉える。
「柊くん、颯くん。
御影家と一緒に、久世家と戦ってくれる?」
僕は目を逸さずに頷いた。
「戦うよ」
篝くんも静かに頷いた。
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※次回更新:8月1日15時
第二百五十七話 三日月




