第二百五十五話 お前はいいよな
***
一方、篝の部屋。
「……」
篝は窓際の椅子に腰掛け、
ガラス戸から庭園を眺めていた。
——『これから教えてくれれば良いから』
篝の脳内から、さっきの柊の顔が離れない。
「……本当にこれでよかったのか」
小さく息を吐いた。
その時。
「——篝様」
廊下から侍女が篝を呼んだ。
午後十時五十分。
こんな時間に。
「もうお休みになられましたでしょうか」
「……起きてるよ」
篝は襖へ目をやった。
「何の用?」
「夜分遅くにすみません。
篝様宛と思われるお手紙が、玄関先に置かれておりまして」
「……そう」
篝は立ち上がって襖へ向かった。
わずかに襖を開き、隙間から手紙を受け取る。
——茶色い封筒。
「誰から?」
「宛先が書かれていないのです」
「……そう。
ありがとう。下がって良いよ」
侍女が頭を下げた。
「おやすみなさいませ」
襖が閉まる。
「……見覚えがあるね」
——柊くんの家にも落ちていた。
同じ茶封筒。宛先もない。
ひらりと二匹の蝶が襖を通り抜けて現れる。
「篝様」
「まだお休みになられていなかったのですね」
光が煌めき、宵と灯が姿を現した。
「僕に手紙だって」
篝は封筒の口を、端から真っ直ぐ丁寧に開いた。
中から四つ折りの紙が一枚。
篝はゆっくりと紙を開く。
——【病院火災】
その見出しが見えた瞬間、
バッ!!
篝の手元から紙が取り上げられた。
「灯!?」
宵が声を上げる。
灯は振り返らず、ガラス戸をすり抜けて縁側に出た。
ボウッ!!
緋い焔が紙を焼く。
紙は一瞬で焼け焦げ、消失した。
「灯。何をしているんだ」
篝は低い声で言った。
「……申し訳ありません」
縁側から、灯が小さな声で答える。
「随分と趣味の悪い、いたずらのようでしたので」
灯の声は、震えていた。
部屋に沈黙が流れる。
「……僕の過去に関わることだったんだね?」
「篝様……っ」
宵が篝の着物の袖を掴んだ。
次の瞬間。
パリーン!!
外から破裂音が響いた。
***
Side:柊
灯りを消した客室に、
縁側から鈴虫の鳴き声が漏れる。
僕は布団の中にいた。
光流くんとの電話を終えた後、
颯と話をしようと思ったけれどやめた。
話してくれる気がしなかった。
それに。
——『考えることくらいは自由でしょ』
光流くんの言葉を思い出す。
僕は目を閉じて、今日のことを振り返った。
文化祭。
紫苑さん。
——共霊。
あの時、颯はまだ怒ってなかった。
「……そうだ」
覆面パトカーの中。
篝くんの家に向かっている時にはもう変だった。
——『今度は出られねぇってなんだよ!』
いや、乗る前だ。
僕の中から出られないことで怒ってた。
颯が怒っている理由の一つは、
これなのかもしれない。
僕から離れられないこと。
でも、多分それだけじゃない。
颯の言葉を思い出す。
——『お前何で篝の母親のこと知ってんだよ』
——『待てよ。親父は何も知らねぇだろ』
——『あのメガネ!やっぱ知ってたのかよ!!』
「……あ」
僕たちはずっと、
多くのことを隠されていた。
篝くんも。
斎賀先生も。
父さんも。
僕は、それを知って——
守られていたんだと思った。
でも。
颯も、同じなんだろうか。
「……隠されてたこと、怒ってる?」
思わず尋ねていた。
『はぁ?』
僕の中から颯の声が返った。
「起きてたんだ」
『お前の身体が寝ねぇと俺も寝れねぇの!!』
「……そうだったね」
『しかもお前、全然眠くねぇだろ!』
「うん。わかる?」
共霊は不思議だ。
相手の感情は伝わってくる。
だけど考えていることまでは読めない。
お互いに。
「……颯」
『何?』
颯がぶっきらぼうに答える。
「僕の中から出たいよね?」
『そりゃな!早く出せよ!』
「……出したいんだけどさ」
できない。
『別に俺消えねぇし!』
「そうだよね。……消えないよね」
わかる。
頭では理解してるんだ。
颯はそんなに弱くない。
——『半霊の場合はどうなるんだろうね⭐︎?』
「……っ!」
勝手に、脳内で紫苑さんの言葉が再生された。
また脈拍が上がってくる。
「……はっ……」
胸に手を当てた。
『おい、どうしたんだよ』
「……紫苑さんが、またあの術を使おうとしたらどうしよう」
『させなきゃ良いだけだろ』
「……でも……」
——怖い。
紫苑さん以外にも、
久世には同じような術を使える人がいるかもしれない。
『起こってもねぇことグダグダ言うなよ』
「もし止められなくて、颯が奪われたら……」
『あのさぁ!
お前に心配されるとムカつくんだっつの!!』
まただ。
颯の怒りが増していく。
「だって……!」
心配するよ。
当然じゃないか。
『急に偉そうにすんなよ!
何でも自分でどうにかできるって思ってんだろ!!』
「そんなこと思ってない!」
『お前はいいよな!
三流派の天才なんだから!!』
「は!?今それ関係ないじゃん!!」
思わず立ち上がっていた。
「兄弟だから心配してるんだろ!?」
『——っ!』
颯の言葉が止まった。
その時。
パリーン!!
強烈な音が耳をつんざいた。
長い夜が、始まった。
第五章までお読みいただき、ありがとうございます!
次章の準備期間として、少しだけ更新をお休みします。
8月1日(土)より
第六章 離れられない心音
更新スタート予定です。
引き続き、よろしくお願いいたします!




