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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
聞こえない心音

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第二百四十七話 残された疑問


「……母さん」


 狭霧さんの言葉が、胸の奥へ沈んでいく。


 僕は、何もしていないけれど。


 母さんの支えになれていたのなら、

 生まれてきて良かったと思えた。

 

「柊くん、颯くん」


 深雪さんが僕を見た。


「綾ちゃんは確かに詠慈を愛していたけれど」


 深雪さんが微笑む。

 

「透さんのことも、確かに愛していたわ」


 リビングで笑い合う、

 母さんと父さんの笑顔が蘇った。


「……はい」


 僕は眉を寄せた。


「知っています」


 血の繋がりがなくても。


 僕と颯は、

 二人の子供なのだから。


 ……だけど。


 ——『()()()()()なのに、私の話、全部信じてくれるの』


 父さんはきっと、

 何も知らないわけじゃない。


「父さん……白瀬透は、どこまで知っているんですか?」


『待てよ。親父は何も知らねぇだろ』


「……」


 深雪さんと狭霧さんが目配せする。


 わずかな沈黙が流れ、

 山へ帰るカラスの鳴き声だけが聞こえた。


「……透さんはね」


 狭霧さんの声が静かに落ちる。


「何も知らないわけではないよ」


『は?』


 僕の中で、

 颯だけが驚いていた。


「綾がどこまで話していたかはわからないけれど、

 少なくとも綾が見える側の人間であること、

 それから祓い師を続けていたことは知っていたと思う」


「母さんが……祓い師を続けていた……?」


 深雪さんが口を開く。


「あなたたちは知らなかったと思うけれど、

 綾ちゃん、御影家を出た後も祓い師はやめていなかったのよ」


『マジかよ……』


「霊と人を守る祓い師になることは、昔から綾の夢だったからね」


 僕たちの知らないところで、昔から。

 母さんは人を守っていたんだ。


『……母さんらしいっちゃらしいけどよ』


「……うん」


 知らなかった。

 

 それでも、

 僕は心のどこかで喜んでしまっていた。


 母さんも、同じだったんだ。


「だから、五年前」


 深雪さんの声色が変わる。


「綾ちゃんは、あの山に行ったの」


 ドクン!


 五年前。

 山。


 ——『綾さん、山で事故に遭ったんですって』


 八月五日。

 忘れられるわけがない。


 勝手に、呼吸が浅くなる。


「綾ちゃんが亡くなったあの事故は、霊害によるものよ」


「——っ!」


「綾ちゃんは、人を守ろうとして犠牲になったの」


 五年間。


 ずっと。


 母さんが死んだのは、僕のせいだと思っていた。


 違った。


 ——霊害事故。


『ウソだろ……!?』


 颯の声は強張っていた。


 狭霧さんが目を瞑る。

 過去を、思い出したくないみたいに。


 それは、僕も颯も同じだった。


「私たちが久しぶりに会った綾は……棺の中だった」


 白い花。

 棺の中で眠る母さん。


 泣き叫ぶ、十二歳の颯。


 記憶が勝手に蘇る。


 ——苦しい。


 颯の感情まで伝わってくる。


 その時。


 篝くんが僕の手を握った。


 落ち着け。

 篝くんも、颯もここにいる。


 僕は、真実を知りに来たんだ。


「私たちも葬儀に参列していたの。

 あの時、二人は抜け殻みたいになっていたから、覚えてないと思うけれど」


「命を削って人を守った。綾らしい最後だと思ったよ」


 狭霧さんの目から、涙が一筋流れた。


「……母さん」


 唇を噛み締める。


 最後まで、誰かを守るために生きたんだ。


 それでも。


 ——悔しい。


「……だけどね、変なのよ」


 狭霧さんの肩から、深雪さんの手が離れる。


「綾ちゃんが、あなたたち二人や透さんに何も言わず、成仏したとは思えないの」


「あ……」


 僕は目を見開いた。


 確かに。

 母さんなら——。


『黙って消えたりしねぇよな』


「……」


 篝くんは何も言わなかった。


 だけど。


 握られた手に、少しだけ力が籠った。


「深雪、それ以上は——」


 狭霧さんが深雪さんの話を遮ろうとしたが、

 

「突然の死だったのよ?」


 深雪さんは止まらなかった。


「あの家族思いの綾ちゃんが、この世に未練を残さないなんてありえない」


「人を守ったことで、綾は死を受け入れたのかもしれないじゃないか」


「狭霧さん」


 深雪さんの声が和室に響く。


「本当にそう思うの?」


「……」


 狭霧さんは、

 何も答えなかった。


読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:7月18日15時

第二百四十八話 五年前、あの山

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