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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
聞こえない心音

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第二百四十六話 君も救っていた


 縁側の廊下を、僕たちは侍女の後について歩いた。


 磨き上げられたガラス戸から、

 灯籠の光に照らされた日本庭園が見える。


 不意に視線を感じて、僕は隣を歩く深雪さんを見た。


 篝くんと同じ、灰色の瞳と目が合う。


「……あの?」


「あら、ごめんなさいね」


 深雪さんは微笑んだ。


「柊くん、あまりにも詠慈そっくりだから」


「え?」


「共霊していてもわかるわ」


 ——“詠慈”。

 

 呼び捨てなんだ。


 侍女が足を止める。


「こちらでございます」


「……っ」


 心臓が強く鳴り始める。


 この先にいるのは、

 御影家現当主——篝くんのお父さん。


 母さんとは、

 どんな関係なのだろう。


 僕の中で、颯も緊張しているのがわかった。


 息を吸って吐く。


 大丈夫。

 知る覚悟はできている。


「どうぞ」


 戸がゆっくりと開けられた。


 ——広い。

 

 最初にそう思った。


 縁側と座敷を隔てる黒檀の柱。

 床の間の水盤には、白椿が一輪浮かんでいる。


 掛け軸も。

 調度品も。


 無駄なものは何一つない。


 整いすぎたその部屋は、

 まるで展示室だった。


 部屋の奥。


 座卓の向こう側に一人の男が座っていた。


 焦茶色の髪。

 真っ直ぐな背中に、意志の強い瞳。


 だけど柔らかな雰囲気。


 ——似ている。


 篝くんじゃない。


 母さんに。


 ヘーゼルがかった狭霧さんの瞳が僕を捉える。


 理由のわからない懐かしさに胸が締め付けられた。


「白瀬柊くん」


 穏やかな声。


「久しぶりだね」


「え……?」


 ——久しぶり?


「どうぞ、座って」


 狭霧さんは座卓の向かい側を掌で指した。


「……はい」


 畳の上へ足を進める。

 畳を踏む足に、自然と力が入った。


「篝も」


「はい」


 僕の隣に篝くんが正座する。


「私も良いわよね?」


「もちろん」


 並んで正座する僕たちの斜め後ろに、

 深雪さんも腰を下ろした。


「……凄まじい霊力だね」


 狭霧さんが目を細めた。


「え?」


「いや、大きくなったね」


『柊、父親の方とも会ったことあんのかよ』


「いや……?」


 記憶にない。


「元気そうで良かったよ」


「……ゴホッ」


 隣で篝くんが咳き込んだ。


 狭霧さんの視線が一瞬だけ篝くんへ向く。


「篝がここへ連れてきたと言うことは、

 もう、君たちは気づいているんだよね」


「母さんのことですか?」


 問いかけた。


「……」


 沈黙。

 

 エアコンが動く音だけが聞こえた。


「綾はね」


 狭霧さんの唇が動く。


「私の、妹なんだ」


 狭霧さんの目が、

 わずかに赤くなったのがわかってしまった。


 母さんは——狭霧さんの妹。

 御影本家の娘。

 

 ということは。


 僕は篝くんを見た。


「僕と柊くんは従兄弟なんだよ」


「……そうなんだ」


 僕は不思議と冷静だった。

 

 きっと心のどこかで、

 予測できていたのかもしれない。


『……っ!』


「颯?」


『……何でもねぇよ』


 だけど、

 颯の感情だけは揺れていた。


「柊くん」


 名前を呼ばれ、僕は顔を上げた。


「私たちが知っていることを話そう」


 ——始まる。


 僕と颯の気持ちは揃わないまま。


「十七年前、綾は御影家を出た」


「あ……」


 十七年前。


「綾の方から縁を切ったんだ」


 それは——僕を妊娠したから?


 掌に汗が滲んだ。


「綾は、笑顔で出て行ったよ」


「本当に嬉しそうだったわよね」


 狭霧さんの言葉に、深雪さんが続ける。


「愛する人との子どもだったんだもの」


「愛する人……」


 母さんの笑顔が蘇った。


「綾と深雪、それと詠慈くんは同級生だったんだ」


「ただの同級生じゃないわ。

 一緒に祓い師を目指していたの」


 知らなかった。

 母さんも、祓い師を目指していたなんて。


「私は三流派とは関係のない人間だったけれど、

 綾ちゃんに力の使い方を教えてもらったの」


「深雪にとっても綾は特別な存在だったんだ」


「……ええ」


「君が綾と詠慈くんの子どもだと知っていたのは、ごく限られた人間だけだった」


「知られてはいけないことだったの。

 綾ちゃんも詠慈も、本家の血を引く人間だから」


「……お二人は知っていたんですね」


 狭霧さんと深雪さんが、静かに視線を交わした。


「私たちは」


 狭霧さんの視線が膝下へ落ちた。


「家のしがらみで結ばれてはいけないだなんて、馬鹿げてると思う」


「だけど、綾ちゃんも詠慈も、家を守ることを優先して、

 自分たちが結ばれることは諦めていたの」


 深雪さんの声は震えていた。


「苦しい話よね」


 この人たちは。

 ずっと近くで、母さんと詠慈さんを見ていたんだ。


「……」


 篝くんは眉尻を下げ、

 静かに二人の話を聞いていた。


「それでも、綾は君を授かった」


 狭霧さんが視線を上げた。


「初めは私たちも驚いたよ。

 だけど——綾の顔を見て思ったんだ」


 狭霧さんの肩が震える。


「詠慈くんと共に生きられなくても、

 君の母親になれたことが、綾にとっては救いだったんだ」


 深雪さんは立ち上がり、狭霧さんの横へ座り直した。


「綾ちゃんはね、柊くんの存在を完全に隠すために御影家を出たの」


 深雪さんが、そっと狭霧さんの肩に手を置く。

 

「詠慈とも縁を切って、三流派とは関係のない人間になったのよ」


「しがらみも何もないところで、君を自由に育てたかったんだ」


「だから私たちはそれに同意したの」


 僕は俯いた。


 思い出すのは、

 小さなアパートで笑っていた母さんの顔だった。


『お前、母さんにずっと守られたんだな』


「だから柊くん。君は自分を責める必要はないよ」


 狭霧さんが、初めて微笑んだ。


「君も、綾を救ってくれていたんだから」

 

読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:7月18日12時

第二百四十七話 残された疑問

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