第二百四十五話 おかえりなさい
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Side:柊
午後七時過ぎ。奥崎市。
市街地を抜けた山奥。
僕たちは、御影家本家へ到着した。
車のヘッドライトが石造りの門を照らす。
門柱には——”御影”。
古びた文字が深く刻まれている。
僕たちが車を降りると。
ギイィ……。
僕たちを迎えるように、
巨大な門が音を立てて開いた。
『いかにも金持ちの家だな』
「……うん」
門の向こうに緩やかな坂道が見える。
その先に見えた建物に、
僕は息を呑んだ。
数奇屋作りの巨大な屋敷。
霧島本家よりもさらに静かで、人の気配がなかった。
「では、私はこれで」
「ありがとうございました」
僕がお礼を言うと、
運転席で岸さんが軽く会釈し、車をUターンさせた。
車のエンジン音が、黒い森へ吸い込まれるように遠くなる。
「どうぞ」
篝くんの後をついて、僕は石門を潜った。
篝くんは何事もなかったように歩いている。
けれど、時折かばうように脇腹へ手を添えていた。
美しい庭園。
月明かりを受け、池の水面が静かに揺れる。
風に、竹林がざわりと鳴った。
人はいるはずなのに。
怖くなるほど静かだ。
まるで、
外の世界から切り離された別世界みたいだ。
——ここが、母さんが生まれ育った場所。
「おかえりなさいませ」
玄関の前に立っていた、着物の侍女が頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、中へ」
侍女が戸を開くと、
線香の匂いが鼻をかすめた。
「お邪魔します」
僕は上がり框に腰を下ろして靴を脱いだ。
その時、背後から。
「かがちゃん」
「え?」
僕が思わず振り返ると、
「おかえりなさい」
淡い水色の着物を身に纏った女性が立っていた。
纏め上げられた白銀の髪。
頰に影を落とす長い睫毛。
一瞬、言葉を忘れた。
『うわ……芸能人かよ』
颯が呟く。
何故だろう。
僕も会うのは初めてなのに。
「ふふ……」
女性が微笑む。
篝くんそっくりな笑みを見た瞬間、
僕は彼女の正体を悟った。
あの夢が蘇る。
「“深雪さん”……?」
夢の中で、母さんが何度も名前を呼んでいた。
『は?』
「あら」
女性——深雪さんは目を丸くした。
「私のことを知っているのね?」
やっぱり。
この人は確か……。
「母さんの、親友ですよね?」
深雪さんの顔がぱっと明るくなる。
「そう、親友よ」
深雪さんは僕の両手をとった。
篝くんと同じ、冷たい体温。
「柊くん。私、あなたにずっと会いたかったの」
「あ……僕に……?」
深雪さんの手に力が籠った。
「……はぁ……綾ちゃんの遺伝子……」
「え?」
「母さん、落ち着いて」
篝くんが、僕と深雪さんの間に割って入った。
「母さんのために連れてきたわけじゃないよ」
「あら、わかってるわよ」
「ふふ……」
「かがちゃんったら」
二人が揃って微笑む。
……妙に圧を感じた。
深雪さんの手が僕から離れる。
『お前何で篝の母親のこと知ってんだよ』
「……前に夢で見て……」
『はぁ?』
颯はさっきからイラついていた。
「何で怒ってるの?」
『別に』
……嘘じゃん。
僕の中にいるから感情はわかる。
その理由まではわからないけれど。
「上がって」
深雪さんが、玄関の奥を手で指し示した。
「狭霧さんがお待ちよ」
「……狭霧さん?」
僕は篝くんを見た。
篝くんはもう、笑っていなかった。
「僕の父さんだよ」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:7月17日21時
第二百四十六話 君も救っていた




